日本人と英語

英語のハードルを下げる話

2017年10月4日 CATEGORY - 日本人と英語

前回の記事では、野口教授の「超英語法」より「聞くことを完璧にできれば、話すことはできる」というトピックを頂き、英語への触れ方としてはほとんどが「聞く」という形になるという話をしました。

今回は、一方的に「話す」ことを仕事にする大学の教授としての立場となった日本人の英語との関係にスポットを当ててみたいと思います。

これについては、実際にスタンフォード大学で教鞭をとられた経験のある野口教授も率直に「講演などで英語を話すのは難しい。」と言われ、次のように述べられています。

「一人で話す場合は、いくつもの文章を論理的につなげて全体を構成しなければならない。これは、会話の場合に簡単な文章を断片的に話すのとは全く違う難しい作業である。しばしば、話が長くなると、「so,,,so,,,」という表現ばかりが出てきて我ながらみっともないと感じることがあるのだが、それは全体の論理構成を構築するのが難しいことの証拠であるわけだ。ついでに言えば、全体の論理構成は、日本語の場合においても簡単なことではない。多くの人は、英語を話すというと、講演のように長い内容を一方的に話すことを想像するが、実際にはそうした機会はそれほど多くないのである。」

というように、野口教授としては、外国の大学で英語で講義をするという「一方的に話すこと」を、相手の助けを得られる双方向の会話がいかに楽であるかということの引き合いに出すくらいに、難しいものであると正直に告白されています。

私としてもアメリカ留学時代、人前で何かを発表するときに、どうしても「so,,,so,,,」と、小学生の作文のようにつなげてしまうことに何度も自己嫌悪に陥った経験があるのでこの点についてはよくわかります。

そんな野口教授が、本書のコラム欄で、このように本来的に「難しいこと」であるはずとの心理的ハードルを下げる次のような話を披露してくれています。

「プリンストン大学で客員講師をつためた経験のある岸本周平氏は、著書の中で次のような話を披露している。『勢いよく手を挙げた学生の質問内容が全く聞き取れないとき、次のように言う。You hit a good point! However, you should explain your question more academically. それでもわからないときは、落ち着き払って、OK. Better. But, you should digest your point more briefly for other students in this class.』と言う。そうこうしているうちに、クラスの優等生が、『自分はこう考えるが、、、』と正解を応えてくれる。そうしたら、Good job! I think all of you in this class understand his explanation. Let me return to the subject.と先生役に戻るのだそうだ。実に素晴らしいノウハウである。」

野口教授ご自身が、「so,,,so,,,」とやってしまうことに対して自己嫌悪に陥るという告白もそうですが、この岸本氏のように、このような立場にいらっしゃる方が、このようなちょっと恥ずかしいノウハウまでも公表してくれたことは、どれほど私たちに勇気を与えてくれるかしれません。

特に、このようなケースでは、ものすごく重要なポイントを伝えてくれています。

海外の大学が日本人の講師を招聘するということは、別にその日本人の流ちょうな英語を聞きたいからではありません。

その国の人が持たない技術や経験をその日本人が持っていると評価し、それを伝えてもらうために招聘しているわけですから、それを伝えるためのツールである英語が、すこし分かりにくかろうが、それを理解する義務はむしろそちらにあるというくらいに開き直っていいということです。

しかも、ここもやはり、相手に助けてもらいながら話す、もっと言えば自分が理解している相手の言っていることを、自分の発言の中に取入れ、それを繰り返すということを、一方的であるはずの講義の中でもやってもいいということにもなり、この点も野口教授の主張にも合致してきます。

大学教授でさえ、この開き直りようなのですから、私たち一般人の英語との付き合いについては、もっとずっとハードルは低いものと認識していいのだと思います。

これは、英語に限らず、すべてのことに当てはまると思いますが、端から見ればとんでもなくすごいことのように思えても、実際にその立場になってみると、実はそれほどでもないということはよくあることです。

であるならば、恥はかき捨て、まずやってみることが重要だということになるのではないでしょうか。