日本人と英語

自動翻訳機は日本人を救うか?

2016年7月17日 CATEGORY - 日本人と英語

自動翻訳

前回、書籍紹介ブログにて「もうこれで英語に挫折しない」という本をご紹介しましたが、その中からいくつかテーマをいただいて何回かに分けて書いていこうと思います。

まずは第一回目として、自動翻訳機の機能の向上が日本人の外国語学習に及ぼす影響について考えたいと思います。

本書には、次のような指摘があります。

「人工知能が急激に進化しているので、海外旅行に不便しない程度の自動翻訳機は間もなく出てくるはずだ。だから無理して英語を勉強しなくてもいいのでは、と期待している人もいるかもしれない。私は、これはきっとそうではないと考えている。そうはうまくいかない。」

この件については、私も著者と同じく、「そうはうまくいかない。」と考えています。

確かに、アイフォンを使っているとSiriなどの音声認識機能がどんどん気が利くようなってきていると感じられるため、近い将来、本当に気の利いた自動翻訳機もお目見えするだろうと多くの人が信じられるようになってきていると思います。(しかし、フェイスブックの翻訳機能はいつまでたっても、ひどい性能ですが、、、)

そうなると、我々語学教育業界に身を置く者たちは近い将来、その存在意義がなくなってしまうのではないかという危機感にさいなまれませんか?となかなかシビアな質問をされるときもあります。

もちろん、そのような危機感を持つこと自体は重要なことですし、実際私も少なからず持っています。

ただ、だからと言って、存在意義がなくなってしまうとは思いません。ええ、これは決して負け惜しみではございません!(笑)

それは、言語というものは、単純な言い換えによって代替されるものではなく、もっと人間のコミュニケーションの深いところに作用するという性質も同時に併せ持っているものだと思うからです。

このことを別の方向から説明してみたいと思います。

今現在、グーグルによって私たちは一瞬で、多くの知識を収集することができるようになっています。ですが、そのことで、私たちの生活の質は、かつてグーグルがなかった時と比べて、その情報量に比例して高くなっていると言えるでしょうか?

つまり、グーグルによって獲得可能となった豊富な知識をどう利用分析するのかということに価値があるのであって、知識の収集そのものに価値があるわけではないということです。

物理的には自動翻訳はかなり高い精度で実現するとは思いますが、まさにこの質問と同じようなことが、言語の自動翻訳にも言えるのではないかと思っています。

自動翻訳機によって示された翻訳という情報の価値と、自らの語学力によって直接相手とやり取りすることで得られた情報の価値との差は、計り知れず大きなもののはずです。

そうなってくると、その時の語学習得という価値の評価は、もしかしたら現時点での価値よりもむしろ高くなるなんてこともありうるかもしれないと私は思っています。

皆さん、安心して外国語学習にはげみましょう!

 

 

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