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誰のために何のために

2018年4月29日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。

前回の記事ではデービッド・アトキンソン氏の「新生産性立国論」をご紹介しましたが、その内容があまりに衝撃的だったので、今回もこの本について書いてみたいと思います。

その衝撃は私も含め、多くの日本人が「他の国民に比べて勤勉だし、時間にも厳しいため「生産性」は低くないはずだ」という思いを持っているのに対して、著者がそれを単なる「思い込み」でしかないとはっきり否定されていることからくるものだと思います。

そして、著者はその思い込みは日本人が、「生産性」の定義を勘違いしていることから生じていると言います。

前回の記事でも書きましたが、ここは重要だと思いますので繰り返します。

「生産性」とは一人当たりのGDPであり、GDPとは一定期間にその国の中で作り出された付加価値のことです。

そして付加価値とは、生産活動によって新たに生み出された価値、すなわち「労働者の給料」「企業の利益」「政府などが受け取る税金」「利息など」です。

これらの列記を見て分かるように、これらはすべて収益すなわち売上によってもたらされているものであることに気づきます。ですから、自分たちがいくら「価値」だと言い張っても、最終的に売上につながらないものはすべて、生産性にはカウントされないということを理解しなければならないのです。

そのことをストレートに理解できる事例として次のようなものをあげています。

「日本の某有名ホテルでは、シーツを100円玉を投げると跳ねるくらいピーンと張るようにして、毎回ベッドの下の真ん中まで掃除することを徹底しているようです。そして、その経営者は海外ではそんなところまできれいに掃除しているホテルはどこにもないと自慢しています。しかし、それらのサービスは一般の宿泊客がホテルに求められているのでしょうか。ここでのポイントは『求められていないものが高品質だとしてそれに価値があるのか』という点です。」

それに対して、

「日本のホテルの多くでは当日宿泊する予定のお客さんでも午後3時にならないとチェックインできません。また、たとえ部屋が準備できていたとしても部屋へは通してくれないことが多いのです。一方で海外では価格に上乗せすることで早くチェックインできる仕組みは当たり前です。このように、より高い料金を得られることで初めて付加価値が認められるのです。」

シーツがピーンとしているサービスには、いくらも追加料金は払いたくないけど、アーリーチェックインには追加料金を払ってでも使いたい。

この感覚は、私たち日本人でも冷静になって考えてみると当たり前なことだと理解できるのですが、なぜか日本の多くのビジネスにおいて著者が指摘するこのようなサービス提供側と受取側のミスマッチが見られます。

日本の生産性は国際的に見て低い。ということは、日本は生産性を高める余地があるということであると言い換えることができます。

その余地の一つが、この「追加料金を払ってでも使いたい」と思わせられる商品・サービスを創造していくことだと理解しました。

そして、そのような商品サービスを作り出すために必要な視点は、「誰のために何のために」という本質的思考なのだと思います。