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相田みつを美術館に行ってきました

2016年3月16日 CATEGORY - 代表ブログ

一とは              

 

 

 

 

 

 

皆さん、こんにちは。

先日東京出張の帰りに、東京国際フォーラムにある「相田みつを美術館」に立ち寄りました。

相田みつをについては、トイレに貼ってあるカレンダーの書家くらいの認識しかなかったのですが、実際に美術館に入ってみると、その生涯から彼の作品とのつながりを理解でき、より深く鑑賞できるようになった気がします。

相田みつをの書は、ほとんどが上記の画像のような短い文章です。ですから、私の印象としては、シーンとした部屋で突然言葉が降りてきて、いきなりズバッと書き始めるスタイルだったのかなと思っていました。

それが今回そうではないということが分かりました。相田みつをは、自らの思いのたけを「詩」という形でありったけ、吐き出して、今度はそこからそのエッセンスを取り出すかのように「書」として再生産するというのがスタイルだったようです。

例えば、次のようなものです。

【正月の正の字】

「一に止まる」 、「一を守る」 それが正。 一とは何でしよう。 一とは原点、一とは自分、一とはこのわたしなのです。 自分が人間としての原点に止まる、守る、それが正。 自分が自分の原点に立ち帰る、それが正。 そして自分が自分の原点に立ち帰る月、それが正月です。 つまり自分が本来の自分になる月なのです。では本来の自分とは何でしようか。 「そんとく」「勝ち負け」お金の「有る無し」等という比べることをやめた自分、 それが本来の自分です。 素直に感動したり喜んだりする心には「そんとく」はありません。 「そんとく」を離れた人間本来の自分に立ち帰る月、それが正月です。 晋段の私達の現実生活は、いつも「そんとく」「勝ち負け」 という「比べっこ」にふり廻されているから、一年に一ぺん、 そういう世間的な「比べっこ」をやめて本来の自分に帰ろうというのが正月です。 つまり正月とは昨年やってきたことのあやまち、失敗を反省し、 同じことをくり返さないように、自分の原点に立ち帰って、 自分の生き方を軌道修正する月ともいえます。

以上の「詩」から抽出された「書」が冒頭の「一とは原点一とはじぶん」というものです。

このことは、何も相田みつをのような人生を詩や書にかけた人間に限らず、我々一般人の文章作成にも当てはまる重要なことだと思いました。

まずは、自分がいま書こうとしている内容についてのありとあらゆる「材料」を出し切る。そして、その一言一言が、自分の言いたいことにとってなくてはならない要素かどうかを様々な角度から精査し、そうでない場合には切り捨て大切なものだけを残す。

このようなプロセスを繰り返し行うことによって贅肉を全て切り落とされた文章にこそ、自分の言いたいことが、他者に伝わりやすい形で残されるものだのだと思います。 しかし、相田みつをの贅肉のそぎ落とし方は、そうそうまねできるものではありませんが。

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