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学校英語教育は何のため? #66

2014年7月29日 CATEGORY - おすすめ書籍紹介

学校英語教育

 

 

 

 

 

 

 

 

【書籍名】 学校英語教育は何のため?

【著者】  江利川春雄 斎藤兆史 鳥飼玖美子 大津由紀雄

【出版社】 ひつじ書房

【価格】  ¥1,000 + 税

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このブックレットは以前にご紹介した「英語教育、迫り来る破綻」の続編として出版されたものです。ちなみに前作は2013年6月に政府による一連の「英語が使える日本人の育成」政策が学校の英語教育を破綻させるものだとして、上記の著者らが共同で緊急出版されたものです。

著者らによれば、この緊急出版によって一定の歯止めはかかったものの全体としての方向性は変わっていないと言います。これらの政策が、英語教育に関する専門的な理解はないが発言力の強い財界人などの「素人」の圧力によって場当たり的に立案されてしまっていることに強い警戒感と憤りを感じているようです。

本書の出版は、このような方向性に専門家の立場から実行的な歯止めをかけるためには「学校の英語教育は何のためにあるのか」という目的論としての問題提起を世の中に対して行うしかないという決意のもとに行われています。

彼らの考える学校英語教育の目的は、「教養のための英語教育」です。つまり、今までの学校教育は、公教育の見地からいえば全く間違っておらず、これを場当たり的に「コミュニケーション重視」に変更することは愚かであるとするものです。

以前から私は、彼らの考え方に対して基本的に賛成の立場をとっています。なぜならば、何度も言及していますが、一見「無駄」のように見える日本の学校による「教養のための英語教育」は、ランゲッジ・ヴィレッジのような徹底した英語環境に二週間ほど浸すだけで、「使える英語」に変化させることができるという意味で「無駄ではない」ものだと言えるからです。

逆に言えば、著者らが主張するように週3~4回にすぎない英語授業を日本語の力を利用しない「コミュニケーション重視」の仕組みにしたらグダグダなものになってしまうのは明らかです。赤ちゃんが言葉を習得するように外国語を学ぶべきだとの主張をもとに「コミュニケーション重視」が説かれますが、ネイティブスピーカーが赤ちゃんの時に母語としての英語を習得するときの英語への接触時間を考えれば、週3~4回で同じことをやってよいかどうかは簡単に分かります。

週3~4回の英語授業を意味のあるものにするためには、やはり日本語での思考をフルに活用せざるを得ないのです。

この理屈に関しては絶対に譲れないという彼らの主張は、私もその通りとは思います。しかし、それでも、彼らがそろって現状を是とすることに終始するのには、いささかの違和感を感じることも否めません。例えば、著者の一人江利川先生が以下の発言をしています。

「『日本人選手がオリンピックでメダルが少ないのは体育が悪いからだ。世界で勝てる実用的な体育授業を行え』などと言わないではないか」

これについては、私としてはどうしても次のような問いかけをしたくなります。

「オリンピックでメダルをとれなくとも、6年も英語をやるのならば、皆が草野球や草サッカーができるくらいにはなってもいいのでは?」

この点が、彼ら英語教育の専門家の主張が、たとえ方向性として間違っていなくても世間の納得を得られない大きな理由となっていると思うのです。また、それによって、「素人」の圧力による場当たり的な主張に付け入るスキを与える要因にもなっていると思います。

専門家の主張を前提としながら具体的に実行可能な方法として以下のようなものが良いのではないかと私は考えています。

中学までの英語教育と高校以上の英語教育を分けるのです。

そして、中学までは今まで以上に「教養のための英語教育」を推し進め、体系的な文法、そして網羅的な語彙をしっかりと身につけさせます。そして、高校以上ではそれを前提とした上で徹底したコミュニケーション重視にシフトするのです。具体的には、大学受験から英語をはずして、高校の体育で野球やサッカーを行うがごとく英語の授業を「英語を使う場所」として定義するのです。そうすれば、現在建前となっている「高校では英語で英語を教える」仕組みを実効性のあるものにできるはずです。

これによって、世間の皆さんの耳を著者の皆さんをはじめとする英語教育の専門家の主張に傾けさせることができるようになるのではないかと思っています。