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字幕の中に人生 #70

2014年8月17日 CATEGORY - おすすめ書籍紹介

字幕の中に人生

 

 

 

 

 

 

 

 

【書籍名】 字幕の中に人生

【著者】  戸田奈津子

【出版社】 白水社

【価格】  ¥1,942 + 税

【購入】    こちら

本書は、英語の映画の字幕の世界でおそらくもっとも有名であろう戸田奈津子さんの字幕作りに興味を持つ後進へのアドバイスを主たる目的とする「字幕翻訳家」というお仕事紹介本兼自叙伝です。

その冒頭で著者は、日本人が外国映画を見るときに、吹き替えよりも字幕を好み映画をその国の言葉の音とともに楽しむという性質があるということに触れています。

このことについては、私も日本人は外国語に対して非常に心理的障壁が高いという理解が当たり前になっている中で、英語教育の観点から非常に不思議な現象だと思っていました。

それに対し、多くの国では外国映画は吹き替えが一般的です。一部、北欧などの国では字幕で上映というパターンが多いようですが、これは字幕を好んでいるのではなく、単に人口が少ないので、手間とコストがかかる吹き替えが採算ベースに乗ってこないという理由からだそうです。

この日本人の字幕好きの理由としては、日本が他の国よりもかつて圧倒的に識字率が高かったということと、映画は「その国の言葉の音までも楽しむ」という本物志向(リアリティ重視)という風に著者は分析されています。

(中国でも字幕が比較的好まれるようですから、本物志向という理由以外に、一目でイメージを与えられる表意文字である漢字を有しているからという理由もあるかもしれません。)

お仕事紹介本だけあって、具体的な事例、例えば人間が無理なく一度に理解でき、画面にも意識を配る余裕がある限度は一秒間に文字数が3~4文字など、非常に細かく「字幕翻訳家」の仕事を紹介してくれています。

字幕翻訳に常に付きまとう字幕翻訳が「適切」かどうかの基準についても、大ヒット映画「地獄の黙示録」の字幕翻訳に対する立花隆氏の「unsoundは『異常』ではなく『不健全』と訳すべきだ」との批判に対する著者の師匠である清水俊二氏の以下のような反論を紹介しています。

「英文和訳なら『不健全である』と訳しても合格点だろうが字幕スーパーではそうはいかない。字幕は一瞬のうちに消え、すぐ次の字幕が現れる。読んで考えている暇はない。字幕は見ただけでぱっと頭に入るのが一番良い。しかし、こう説明しても立花氏は納得できないだろう。納得できないのが当たり前で、スーパー字幕が映画に対してどの位置にあるのかが分からないで納得できるわけがない。スーパー字幕はそれほど奇妙なものなのである。」

私も、学生時代、英語が少し分かり始めてきたときに、映画の字幕と実際の英語表現が一致しないと、「この翻訳は間違っている」などと得意になって指摘していたことを思い出しました。

また、英語学習者として安心させられる内容も見受けられます。

私は、基本的には洋画を字幕なしで理解できる域には達したことがないですし、今後も無理だと思っています。それは、映画が、日常の一部分を切り取ったものなので、特定の文脈に非常に依拠した状態で成立した会話を理解しなければならない部分が非常に多いものだからです。

日本映画(に限らず普通の会話でも)ですら、背景知識がない中では何の事だか分からないことはよくあります。

そんな映画を、著者をはじめとする字幕翻訳者たちは、いとも簡単にすべての英語を聞き取って日本語に訳しているのだと思っていました。すさまじい能力だと思っていたのですが、実際には以下のような告白をされていて安心しました。

「フィルムと一緒に送られてくる台本を活用するのであって、翻訳者がヒアリングなどという大仕事をしているわけではない。昔は台本が届かない作品を何本か四苦八苦でヒアリングしたこともあるが、今はネイティブの外国人が大勢いるので彼らにお願いしてしまう。」

このように、著者は「字幕翻訳」の世界で圧倒的な能力を発揮されているにもかかわらず、飾らない語り口で様々な裏話を披露してくれています。

そのおかげで、字幕翻訳家志望者にとっては、英語力だけではどうにもならないこの道の険しさを知らされる一方で、単なる英語学習者にとっては、英語に対する心理的ハードルが下げられる非常に良い一冊だと思います。

 

文責:代表 秋山昌広

 

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