英語と運命 #56
2014年6月16日 CATEGORY - おすすめ書籍紹介
【書籍名】 英語と運命
【著者】 中津燎子
【出版社】 三五館
【価格】 ¥1,900 + 税
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1970年代に「なんで英語やるの?」「再び なんで英語やるの?」を著した中津燎子氏の2005年の著書です。
前二著の書評でも紹介しましたが、著者の人生は自らの主宰する本物の発音を獲得することを目標とした「中津式英語特訓法」に対する「素人のくせにに英語教育に口を出すな」的な反論との戦いそのものと言えるものでした。
本書は両著の出版後、長年にわたる賛否両論侃侃諤諤の議論を経て、その「中津式英語特訓法」を中心とした自らの人生を総括する位置づけになると思います。
「再び なんで英語やるの?」の書評の中で國弘正雄氏から著者の取り組みに対する意見についての言及をしましたが、本書ではあの平泉・渡部英語大論争の平泉渉氏からの興味深い意見とそれに対する著者の再認識について書かれた箇所がありました。平泉氏は、以下のような発言を著者に対してしています。
「あなたの発音訓練を見ていて気づいたのですが、あなたは日本語と英語を等距離において比べている。これは(少女時代をロシアで過ごした)あなたにしかできない特殊な訓練方法です。あなたと違って母国語である日本語と英語を等距離におくことができない日本人に対してこの訓練を実施するのはやめたほうがいいと思います。」(一部加筆修正)
この発言を経て、筆者はこの平泉氏の発言に理屈としては納得しました。しかし、それでもやはり自らの信念に基づいて「中津式英語特訓法」の普及を継続する決断をしています。それは、昭和50年のことです。それから四半世紀を経て、2000年にすべての英語に関わる仕事をやめられます。
その理由を以下のように述べています。
「私が訓練する英語の発音にしろ、スピーチの仕上がりにしろ、ほとんどすべてが受講生の希望と食い違い始めたこともひとつの理由です。その食い違いに気がつくのにそんなにかかったの?とびっくりされても何の弁解もできない。」(一部加筆修正)
私は、著者の二つの著作を読んだとき、(本物の発音を重視しなければならないとする)著者の主張に対して(発音は必要最低限とすべきとする)自分の主張を変えることはないけれども一定の理解はしたと記しました。
しかし、どうしてもその主張に与することはできないとも書きました。
それはやはり現在の英語と日本人の関係が当時とは非常に大きく変わっていること、すなわち英語が「国際共通語」としての新たな立場を確立したことによる「時代の変化」というものがあったからだと考えます。
大変失礼ながら著者は「時代の変化」を2005年当時80歳という高齢ながら認識し、自らの主張に自ら幕を閉じるという英断をされるという点に関して、英語教育者としての勇気と柔軟なる態度に驚かされるとともに、その姿勢に心から敬意を表したいと思いました。
文責:代表 秋山昌広