日本人と英語

すすむ文法格差

2016年7月1日 CATEGORY - 日本人と英語

文法格差

前回、書籍紹介ブログにて、鳥飼玖美子先生の新刊「本物の英語力」をご紹介しましたが、この本の中からいくつかテーマをいただき議論してみたいと思います。まず、第一回目の今回は、英文法についてです。

鳥飼先生は、本書だけでなく、様々なところで、文法は言語のルールであって、このルールを無視して活用することはあり得ないという主張を展開されています。

ランゲッジ・ヴィレッジが「10年やってもできなかった英会話を、たった1~2週間程度の合宿でできるようにしてしまう奇跡」というキャッチフレーズで営業しているのは皆さんご存じだと思います。

実際に、このような奇跡はほとんどのケースで起こっていますが、実は最近徐々にその成功率が低くなってきていると感じているのですが、この現象がまさにこの文法の知識の多寡に影響を受けたものと考えています。

と言いますのも、上記の奇跡は、何も1~2週間という短期間で10年で蓄積した知識を超える量の知識をインプットするというような離れ業をやっているわけではなく、実は、10年もの間、コツコツと蓄積した知識を前提に、それらを道具として実際に使うことを1~2週間の間徹底することで可能とするという仕組みだからです。

つまり、引き出しの中には既に必要なものが入っていて、それを必要に応じて取り出せるように、引き出しの中を整理したり、引き出しの立て付けをスムーズにするということを徹底的に行うことで可能となるわけであって、10年間で日本人がやってきた学校教育を否定するどころか、それをむしろ最大限に活用して実現しているのがランゲッジ・ヴィレッジの国内留学なのです。

ですから、ランゲッジ・ヴィレッジは鳥飼先生と同じ考えを持ち、従来の日本における学校の英文法教育に最も敬意を払っている民間英語施設であると考えています。

ここで話を元に戻しますが、ランゲッジ・ヴィレッジにおける上記の成功率が低くなってきていた原因は、まさに学校教育において英文法教育がないがしろにされていることだと考えています。しかも、この傾向は年を追うごとにどんどんひどくなっているというのが、私たちの実感です。

「文法教育をやっていたから、今までの学校教育では英語を話せるようにはならなかった」という仮説から、学校教育では文法を軽視する様になりましたが、問題の根本は、「文法だけをやって会話につなげる仕組みがなかった」ことであって、文法を軽視することで、問題の解決につながるどころか、そもそも、会話へつなげる基礎すら破壊することになっているのです。

このことに何とか、歯止めをかけようとして考えたのが、新たにレギュラー化した「中三文法を二泊三日で血肉にする合宿講座」です。

従来は、最低限中学校三年分の文法知識がなければ、上記の効果は出せないため、そのレベルに達していない方についてはランゲッジ・ヴィレッジの国内留学への参加はご遠慮いただいてきましたが、この特訓講座を受講した後、国内留学へ合流していただくことで成功率の低下を抑えることに成功しています。

この講座を開設して気が付いたのが、同じ中学生・高校生でも公立学校と進学を重視する私立学校で、文法学習のレベルと理解度にあまりにも大きな格差があるということです。

これは、公立学校が、文部科学省による学習指導要領に準拠し、進学を重視する私立学校がこれを無視もしくは軽視していることで生じていると考えられます。

英語の習得ということからすると、これは学習指導要領を無視する判断が正しいことは明らかです。

ですから、これに従うという判断をしている公立学校と、無視するという判断をしている私立学校の間で、これからもどんどん大きな「文法格差」が進んでいくことは明らかなのですが、このことは法律的には大丈夫なのか心配になりました。

調べてみましたら、文科省は平成四年の通知で、「私立学校に対し、教育課程の届出を励行させるとともに、必要に応じ教育課程の実施状況について把握し、特定の教科等に授業時数を充てていないなど学校教育法施行規則及び学習指導要領から逸脱しているものについてその改善を促すこと。」としており、これらに従わねばならないという告示をしているようです。

しかし、一方で、公立学校も私立学校も教育基本法、学校教育法、それに私立学校法などの法律には従わねばなりませんが、一方で学習指導要領は法律ではなく告示にすぎないので、法的拘束力がないと主張する学者も存在しているようです。

しかも、学習指導要領はあくまでも「最低限これだけはやりなさい」というものですから、仮にこれより高度な教育を施すことは全く問題ないというのが一般的な見方のようです。

ですから、「やらなくてもよい」ものを「やる」分には問題はないという判断の下、「やる」決断をしている私立は何も咎められるべくもないとのスタンスのようです。

そうなるとやはり、この「文法格差」はこれからも開く一方ということになり、それはすなわち、その後に続く、「本物の英語」の習得の格差に直結していくことになります。

ランゲッジ・ヴィレッジとしては、この格差に何とかストップをかけるために、これからも本来あるべき英語教育に対して引き続き主張をしていこうと思っています。