日本人と英語

アフリカにおける英語化の特殊事情

2018年12月30日 CATEGORY - 日本人と英語

前回は、書籍紹介ブログにてご紹介した「英語の帝国」よりテーマをいただいて、「インドの英語化」について書きましたが、今回は「アフリカの英語化」について書きたいと思います。

「インドの英語化」と「アフリカの英語化」には非常に大きな違いがあります。

その違いとは、「インドの英語化」は最終的に自らの言語を捨て英語を進んで受け入れるインド人たちによって成功しましたが、その過程において前回見たようなガンジーによる抵抗などが見られたのに対して、「アフリカの英語化」では、そのような抵抗がほとんど見られなかったということです。

この違いは、それはそれぞれの地域の土着言語の事情の違いによって生じています。

インドの現地語の数は30種類以上と言われ、決して少ないとは言えませんが、ヒンディー語という2億人以上の人が使用する支配的現地語が存在しています。

それに対して、アフリカの現地語の数は2000種類を超える(もちろんアフリカ全土がブリテンの支配下ではありませんでしたが)上に、そもそもインドにおけるヒンディー語のような支配的言語が存在せず、非常に狭い範囲に限定された部族ごとのコミュニケーションしか成立しないという事情の違いがありました。

したがって、アフリカという地域を統一的に管理するためには、「英語」という共通語が絶対的に必要でした。

しかも、そのような部族ごとでしかコミュニケーションをとる必要がありませんので、「書き言葉」の必要性が低く、多くの言語において言語による知識の蓄積が行われて来なかったという事情もあります。

そうなると、支配される側としても、より支配者側に近づいてより良い仕事に就き、より裕福な生活をおくるために英語を学ぶモチベーションは当然にしてインドのケースよりも高くなりました。

また、書き言葉がない言語の部族にはそもそも教育において使用する「書物」自体がないということで、インドでガンジーが唱えたような現地の言葉を守るという声も出ることはなかったというわけです。

このような事情から、アフリカにおいてはインドと比較しても非常にスムーズに「英語化」が進んだのですが、第二次世界大戦後になると、ブリテンの側から、次の発言にあるような現地語保護の必要性に関する意識が出てきました。

「現地語の保全はそれを話す部族の保全であり、部族としての帰属意識を基盤とする道徳的な拘束力を強化するものでもある。歌、物語、童謡、民謡、ことわざを表現する母語は、頭脳ばかりか心にも触れる。現地語の学習に正当な重要性が与えられなければ、アフリカ人に新しく安定した社会における堅牢な基盤を与えないまま彼らを根無し草にしてしまう。」

そのため、現在では初等学校の4年間については、最終学年の一部を除き、現地語を「教授言語」とすることを基本方針としているようです。

この方針に基づいて、初等教育の初めの段階では現地語、終わりは英語が「教授言語」となる仕組みを運用していますが、問題はどのタイミングで教授言語を現地語から英語に移行するのかということで、以下のような三つの見解が争っている状態のようです。

(1)諸島過程を通じて、英語は科目として教え、現地語が教授言語となるべき。

(2)現地語はこの過程のどこかで教授言語を英語に譲るべき。

(3)英語は全過程を通じて教授言語となるべきで、現地語は単に早期の段階での生徒との接触を構築する手段に留め、以後は教育科目として扱い、学校からは静かに消滅させるべき。

しかしながら、支配的現地語が存在せず、共通に使用できる現地語の選択が不可能ないわゆる混合地域では、仕方なく英語を共通語として初めから英語を使用することが推進されています。

とはいえ、これらの議論は支配する西洋の側の論理に従っています。彼らに効率的効果的な教育を施してあげるための議論だとこの論理では考えるのかもしれません。

そして、アフリカの人々もそれを欲するのかもしれません。

しかし、これはかつての植民地支配という西洋の側の勝手な都合によって、アフリカの人々を強制的に西洋文明に触れさせてしまったことから始まったことです。

英語を使っていい仕事に就き、(西洋の基準で)裕福な生活をすることと、かつての部族ごとで独自の生活をすることのいずれが、本当の幸せなのか、アフリカの人々自身分からなくなってしまっているのかもしれません。

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