
前置詞は「抽象」より「具体」が重要
2026年5月11日 CATEGORY - 日本人と英語

書籍紹介ブログでご紹介した「実例が語る前置詞#359」では、本書の「はじめに」挙げられた4つの例文に目を通しただけで「前置詞の難しさ」に圧倒されてしまい、
「いかに今までの英語学習の中で、『前置詞』という項目について、私自身『見くびって』きたのかを思い知らされ、英語を飯の種にしている自分を恥ずかしく思わざるを得なくなりました。」
という告白をしました。
今回は、本書を貫いている「アウトプットにおける具体的に知識優先の原則」を理解していただけるように、その説明をしてから、この4つの例文における「前置詞」の解説をすることにします。
まず、著者の言う「アウトプットにおける具体的に知識優先の原則」とは、いくら各々の前置詞の抽象的な意味合い(本質)を求めたとしても報われることはなく、あくまでもその前置詞の具体的な実例に触れ、それらの知識を他の具体的表現と関連づけながら大量に覚えること(狭い意味での丸暗記とは異なる)を何よりも優先すべきだという考えです。
私は次のような著者のたとえ話でその意味を理解しました。
「ある日本語話者が知人に『あの地域は安全だからおすすめだよ。引っ越しちゃいなよ』とすすめる時、『治安が良い』という言い回しを使ったとします。この話者はおそらく、『治安が良い』という言い回しレベルの具体知識を利用したのであって、『治安=特定の地域の安全性』という単語1語レベルの抽象的な知識にまずはアクセスして次に『が』と『良い』を足し合わせる、という操作を行ったのではないでしょう。もしそんなことを行っているのなら、『安全性が高い』というのと同じように『治安が高い』と言ってもよいはずですが、おそらくそんな風に言いたくなる人は少ないでしょうし、言っている人を見たら『意味は分かるけど変な言葉選びをする人だな』と思ってしまうでしょう。」
つまり、母語話者にとって脳内にしっかり定着している具体知識が存在しているならば、「治安=安全性だから、ここは『高い』でいっておこう」という抽象レベルの思考を働かせることなく、「治安が良い」という具体的知識を利用することを優先するのは当たり前だということです。
我々日本語母語話者が英語をネイティブのように話そうと思ったら、それと同じことをしなければならないというただただ当たり前のことです(ですからくれぐれもすべての日本人が目指すようなことではないということをご理解ください)。
では、その大前提を抑えた上で、【具体例としての4つの例文】の解説に移ります。
(1)There is more to life than work and money.
これは、There is X to Y 構文とも呼ばれるものです。
例えば、There is a dark side to the innovation.のように基本的にはXに「側面・構成要素など」を表す名詞が使われます。
その上で、X(構成要素)に「more(名詞として)」が、そして、Y(構成要素が構成する全体)に何らかの名詞が来た後に、「than~」となる場合には、「~ばかりがYではない」となります。
すなわち、この例文を直訳すれば「Y (全体)の構成要素には~より多くのもの(X)がある」となり、意訳すれば「~ばかりがYではない」、この場合には「仕事と金ばかりが人生ではない」となります。
それ以外にも、
There is more to life than just appearances.(人生は見た目ばかりじゃない)
There is more to it than that.(あれだけがそれではない=話はそれで終わりじゃない)
などを見てみても、これらを口に出す際、英語母語話者がいちいち自ら文を組み立てていると考えるよりは、上記で見た日本人の「治安が良い」のように、具体的にYにlifeが来るケースが多いという知識をそのまま利用していると考えるのが妥当です。
ただ、それだけではなく、以下のようにlifeだけではないものがYに来ることもあるので、基本は具体、でも抽象度の高い知識との両立も必要です。
There is a lot more to racing than just winning.(勝つだけがレースじゃない)
(2)She acts that way with everyone.
withの一般的な意味として習っているのは「~と一緒に」だと思いますが、この事例ですとそれでは通りません。
この事例は「振舞う系動詞+副詞句+with+人間」=「人間に対して(副詞的)な振る舞いをする」というパターンの事例です。一般的なwithの抽象イメージからこの意味(彼女は誰にでもそういう振る舞いをする)にたどり着くのはほぼ不可能です。
かといって、一般的なwithの抽象イメージとして「~と一緒に」に加えて「~に対して」という意味も覚えてしまったらいいかと言えばそうとも言えません。なぜなら、「~に対して」の意味ならばいつでもwithを使ってもいいわけではないからです。
例えば、I have feelings for her.(私は彼女に恋愛感情を抱いている)という文のforをwithに置き換えることはできませんので、「~に対して」をwithの抽象イメージとして覚えてしまっても問題が生じてしまいます。
これって、I got merried to her.が正解でI got merried with her.が不正解だというのと裏表の関係と言えるような気がします。
ちなみに、”married with” ということになるとここは一般的な「~と一緒に」のイメージが想起され、「彼女と一緒に(誰か他の人と)結婚した」や「彼女を連れて(別の誰かと)結婚した」という奇妙な意味、あるいは「子供連れで(結婚した)」のような状況を連想させることがあるようです。
(3)What are you going as ?
前置詞asの一般的な意味として習っているのは「~として」だと思いますが、これもそれだけでは日本語として捉えがたいケースは多いです。
個別に記憶しておくべきケースとしてはI had alwaus been poor as a student. や I read to her as a child.のように、「~だったころ、~時代」という使われ方です。
ただ、これでも「~として」が「何かと何かがイコールである」という本質的理解(抽象イメージ)を背景とした知識として記憶されていたのなら、類推は可能かもしれません。
その前提でこの事例を見てみると、you=whatの関係、すなわちAs what are you going ?という文構造を見つけられ、その結果、(あなたはどんな格好をして行く?)という変装や仮装、モノマネなどの意味を導きだせる可能性がでてくるかもしれません。
これは、個別というよりは抽象で対応がギリギリできるケースと言えるかもしれません。
(4)My mother patted my legs through the covers.
前置詞throughの一般的な意味として習っているのは「~を通して」だと思いますが、この対訳を当てはめるだけではよく分かりません。
本書では「through~」=「抵抗を受けながらも~の中を通り抜けて」というのが一般的な抽象イメージだとしています。
こちらも(3)同様、個別というよりは抽象で対応がギリギリできるケースと言えるかもしれません。
例えば、
I mumbled trough a mouthful of pie.(パイを口いっぱいに頬張りながらつぶやいた)
I could hear you through the shower curtain.(シャワーカーテン越しにあなたの声が聞こえた)
それで言うとこれなどは難しいですが、
She smiled through her tears.
「涙の抵抗を受けながらも」それとは反対の笑顔を見せるという動作をして見せたという意味で、(彼女は泣きながらも笑顔を見せた)ということになります。
これに比べたら、このMy monther patted my legs through the covers.はまだ簡単で、ポンポン叩く力が抵抗感のある布団を通して伝わったという意味で「母は布団越しに私の足をポンポンと叩いた」という訳になります。
本書から学んだことは、あくまでもインプットする時には、その前置詞の本質的意味合いである「抽象的イメージ」を記憶しながらも、アウトプットする時にはその記憶だけで自ら生成することは難しいため、「具体的な知識」を優先する必要があるということです。
非常にレベルの高い学びを得ることができました。









