日本人と英語

日本だけが急激な欧米化に成功した理由

2016年1月31日 CATEGORY - 日本人と英語

欧米化                

 

 

 

 

 

 

 

 

以前に書籍紹介ブログにおいて「サムライと英語」という本を紹介しましたが、この本は、ペリー来航によって図らずも欧米文化および「英語」と対峙せざるを得なくなった当時のサムライの気持ちと著者である明石氏自らの英語ひいてはアメリカとの交わりを時折オーバーラップさせながら日本人と英語の本質について深堀したものです。

日本は、アジア諸国の中で唯一、自らの力で急激な欧米化に成功しました。

この成功の理由について日本人の勤勉さなどいろいろな理由があげられますが、本書の中の福沢諭吉の言葉によってそれが分かったような気がしました。 その言葉とは次のようなものです。

「初めはまず英文を蘭文に翻訳することを試み、一字一字、字を引いてそれを乱文に書き直せば、ちゃんと蘭文になって文章の意味をとることに苦労はない。ただその英文の語音を正しくするのに苦しんだが、これも次第に緒が開けてくればそれほどの難渋でもなし、つまるところは最初に私どもが蘭学をすてて英学に移ろうとするときに、真実に蘭学をすててしまい、数年の勉強の結果を空しうして生涯二度の艱難辛苦と思いしは大間違いの話で、実際を見れば蘭といい、英というも、ひとしく横文にして、その文法もほぼ相同じければ、蘭書読む力は自ずから英書にも適用して、決して無益ではない」

福沢諭吉だけでなく、本書にはペリーが来航したときの(その時は、オランダ語しかわからず、英語の通訳としては役立たず)通訳であった堀達之助が、わずか一年数か月で立派な英和辞典を完成してしまったというエピソードもあげられていましたが、これもオランダ語の辞書を英語に置き換えていく作業でことが足りてしまったからだと言います。

本書にはそれ以外にも、長い間鎖国をしていたにもかかわらず、英語によって書かれた新しい技術や概念をあまり苦労なく理解をする日本のサムライに西洋人が驚いたエピソードも紹介されています。

これらは、日本が鎖国の間にも「蘭学」という細い供給管を通じて、西洋文明を体系的に理解することを継続的に行ってきたことの賜物ではないかと考えられます。 しかも、それは単に「蘭語(オランダ語)」を学ぶということではなく、「蘭学」というように、あくまでもオランダ語というツールを使って、西洋の様々な「概念」を学問対象として自らの思考の中に落とし込む訓練を行ってきたことが重要だと思います。

西洋文明を自分たちでは理解不能なあまりにハードルの高い「アンタッチャブル」な存在としてではなく、確かにハードルは低くはないけど、努力すれば届かないことはない存在として対処をしていく精神を持つことができたことが、アジア諸国の中で唯一日本だけが急激な欧米化に成功した理由だとするのが、一番合理的な考えではないかと思います。