
脱・日本語なまり:子音編
2026年5月17日 CATEGORY - 日本人と英語

書籍紹介ブログでご紹介した「脱・日本語なまり」の記事では、そのタイトルにある「日本語なまり」の意味するところが、私をはじめ一般的に使われる「日本人っぽい英語だと判断される英語」ということではなく、日本人がいくら注意してもその存在に気づくことができないレベルでの「深刻な日本語なまり」のことだったと書きました。
今回と次回では、本書が意味するところの深刻な「日本語なまり」について具体的にいくつか見ていきたいと思いますが、今回は「子音」について見ていきます。
私は、自らが主宰する「文法講座」の「発音編」において、今回取り扱う「子音」に関しては、日本人英語学習者にとってほとんどのケースで正確な発音を習得可能だとして取り扱っていますが、一部困難なもののうち二つのケースを見ていきます。
一つは英語には存在するけれども日本語には存在しないために障害となるものです。
それは、「ʒ」と「dʒ」の違いです。
例えばvision【víʒən】とpigeon【pídʒən】の赤字で書いた部分の音はどうしても私たちは違う音だと言われても全く同じに聞こえてしまうことを指摘します(講座内では言及していない「z」と「dz」も同じですが、実は「dz」はcardsなど複数形の音くらいなのでほとんど問題になりません)。
これなどは、「dʒ」の方にはdの音が存在しているわけだから、確実に英語圏の人にはその違いが判っている(はず)にもかかわらず、日本語で、例えば字面も地面はどちらも「じめん」だけど、地面の方はもともと土地(とち)の「ち」に濁点が付いたものなのだから「ヂ」とすべきものを法律的に「ジ」に表記を統一してしまっているくらいなので、どれだけ頑張ってもその違いは分からないから「諦めてください」という指導をしてきました。(ただ私もこの「ヂとジの違い」をもって、dが付いた方が、多少湿り気があるような感じがする気がしますという感想は付け加えてきました。)
以下、本書の該当部分を要約引用します。(*摩擦音・破擦音等の用語に関してはこちらを参照)
「ザジズゼゾの子音は摩擦音『s』の有声音(濁音)だから当然、摩擦音『z』、ヅの子音は破擦音(破裂音と摩擦音の合成)『ts』の有声音(濁音)だから破擦音『dz』になります。しかし、現実には日本語では稲妻のようにもともと『つま』に濁点をつけて有声音にしたものも、今の日本語では『いなずま』と書かれるようになってしまったため、ヘボン式ローマ字でも全てzuと表記することを提唱していることからも分かるように、今の日本語では発音の上でジとヂを全く区別しません。さらにそれと同じことが、摩擦音『ʃ』の有声音(濁音)である摩擦音『ʒ』、破擦音『tʃ』の有声音(濁音)である破擦音『dʒ』にも当てはまり、日本語話者は両者の差異を認識することができません。このように日本語話者は有声の摩擦音と破擦音を徹底的に混同しているので、このような日本語の癖から生じる日本語なまりは極めて深刻です。ちなみに、発音の違いを把握するポイントはそれぞれ摩擦音であるか破擦音であるかを意識することです。例えば、『じじい(爺)』の最初のジは破擦音『dz』で次のジは摩擦音『z』で発音するのが普通です。つまり、本来は『ぢじい』(これが私が指摘した多少湿り気があるような感じと近いかも)。これを日本人が克服するためのトレーニングとしては、摩擦音『s』を行きの続く限り長く発音しながら有声にして『z』にするのに続けて、破擦音『ts』を同じように『dz』にするのを何度も繰り返すことです。これによって口と耳の両方が慣れてきます。これを自信がつくまで何度も繰り返すのです。」
私も文法講座の中で、「私たち日本人は小さな時から存在していないものだと思っているのでいわゆる『筋トレ(耳トレ)』ができていないけど、英語圏の人たちは小さな時からこの『筋トレ(耳トレ)』をずっとやってきているから違いを認識できている(はず)」という指導(というか感想の吐露)をしていましたが、まさに著者が提案するこの繰り返しの練習こそが「筋トレ」だということでしょう。
もう一つは、逆に日本語には存在するけれども英語には存在しないので障害となるものです。
それは、日本語のナニヌネノの「ニ」だけが、他の「ナヌネノ」とは異なり、最初の子音が「n」ではなく、英語には存在しない「ɳ(そり舌鼻音)」であるという事実です。
この指摘は46年間日本人として生きて来て一度も把握したことのなかった事実でした。
こちらについても、本書より要約引用します。
「ナニヌネノは『ヘボン式ローマ字』で書くとどうなりますか?na ni nu ne noですよね。でも、実は子音部分は均一じゃないって言ったらびっくりしますか?じゃあ、びっくりしてください。ナヌネノの子音は(英語にも存在する)有声・歯茎・鼻音化閉鎖音の『n』なんですが、実は『二』の子音は同じ有声・鼻音化閉鎖音であっても、閉鎖が作られる箇所がちょっと違うんですよ。『二』の子音部分に母音のアをくっつけたらどうなります?『ナ』じゃなくて『ニャ』になっちゃうんですね。ほら、舌先が歯茎にくっつくナヌネノの子音と違って、『二』の子音では舌先ではなくしたの背中(舌背)が口の天井にべチャッとくっつくでしょう?ここは解剖学で硬口蓋(hard palate)って言いましてね、『二』の子音は『n』ではなくて硬口蓋音(hard palatal)の『ɳ』なんです。これも日本語なまりの種なんです。」
そうなると、例えばNickさんを私たち日本人が「ニック」さんと当たり前のように呼びますが、実は彼らにはかなり「ニュイックさん」寄りに聞こえてしまっているということかもしれません。
K-popのアイドルたちが日本の名曲をカバーするのが流行っていますが、ものすごく上手に歌っているのに所々で「全然(ぜんぜん)」が「じぇんじぇん」、「数える」が「かじょえる」になったりしますが、これも同じことです。
あれだけトレーニングを重ねている彼らでも、母語に存在していない発音は完全に修正することは難しいことの証明になっていると思います。
その意味で、本書はそのような「(深刻な)日本語なまり」が存在していることを私たちに自覚させてくれるという意味で非常に有用な一冊だったと考えています。









