日本人と英語

文法中枢が脳内に存在する科学的証明

2019年9月13日 CATEGORY - 日本人と英語

書籍紹介ブログにてご紹介した「チョムスキーと言語脳科学」から、いくつかテーマをいただいて書いてきましたが、最終回のテーマは「チョムスキー理論の科学的証明」です。

チョムスキー理論と従来の言語学理論との最大の違いは、チョムスキーが言語学という分野を「自然科学」たらしめようとしたところにあると、第一回目でお伝えしました。

そして、本書ではそのことを実現するべく、彼の後進である著者が脳科学の見地からチョムスキーの理論をサポートするべく私たちに対してできる限りの説得を図ろうとしています。

なぜなら、自然科学的な手法をもって、「生成文法」の機能が人間の脳という装置にあるということを裏付けることができなければ、どこまで行っても完全なサイエンスと言えないからです。

今回は、そのことをチョムスキー本人に代わって、著者が、「生成文法」の機能が、脳内のどこに存在するのかということを科学的見地から明らかにしようとする過程について書かれた部分を紹介することで、その野心的な努力への敬意を共有したいと思いました。

「文法中枢の存在の証明には、その部分の損傷によって文法の間違いが実際に生じることを確認することが必要だ。私たちは、東京女子医大との共同研究によって失文法を実際に調べることにした。彼らは、脳腫瘍の摘出手術の際に、再発を防ぐためにも腫瘍はその周辺を含めて切除したい。しかし、その周辺が言語などの大切な機能を司る領域だったら、腫瘍は直せても後遺症が残ってしまうだろう。そこで、fMRIを使うことで、文法中枢の広がりを患者ごとに特定する必要があった。5年ほどの間で35名の患者に協力していただき、二つの論文にまとめて再現性を確かめた。失語症が見られないなら、失文法もないはずだと思われるかもしれない。医学的にはそのように診断される。しかし、言語の使用には、その対象に対するあらゆる関連情報が関わってくるため、純粋に文法判断だけをとらえることが必要となる。そこで、意味をできるだけ排除した動作を描いたシンプルな絵を見せ、それと能動文、受動文、能動文における主語と目的語を入れ替えたかき混ぜ文と絵の組み合わせの正しさを問う実験をした。実際にやってみると、絵と文を見ながら即座に判断するのは意外と難しい。脳腫瘍の部位別に患者を三群に分けて、この誤答率を調べた結果、脳腫瘍が左下前頭回や左運動前野外側部(文法中枢と考えられる部位)と重なった患者では、健常者と比べ誤答率が問題によって7%~57%高まることが明らかとなった。これによって、文法中枢が確かに文法判断に関わることが初めて証明された。」

ここで、注目すべきは、「意味をできるだけ排除した動作を描いたシンプルな絵」を使用したという点です。

これは、言語活動のような関わる変数の多い現象に対して、自然科学の手法を適用するために、その現象に関わる様々な「変数」を極力排除して、抽出したい「変数」すなわちこの場合では、「文法」のみを抽出しようとするものです。

この部分については、以下の指摘も引用します。

「失文法では、本人が病識を持ちにくい面がある。日常会話では、例えば助詞がなくても、前後の文脈などから意味が取れることが多い。そのため、『最近、ちょっと文法判断が鈍くなってきた気がする』などという自覚は起こりにくいのだ。それにたとえ何らかの異変に気付いても、よく聞こえないことが多いなどと感じるだけで、自らの言語能力をあまり疑おうとしないだろう。それから、脳の文法中枢が機能しなくなっても、それ以外の領域がカバーするため、文法の障害が目立たなくなる可能性もある。」

だからこそ、この実験においては、その「意味」という変数を排除するという気配りを行ったということです。

関係する変数のあまりに多い、きわめて人間的活動である言語活動を対象とする言語学という分野を自然科学たらしめようとすることの大変さが非常によく分かりました。

今後も、この分野については注視しつつ、このような努力が継続され深められていくことを応援したいと思います。

 

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