日本人と英語

英語の達人(4) 山内久明

2024年5月10日 CATEGORY - 日本人と英語

書籍紹介ブログにてご紹介した「英語達人列伝Ⅱ #313」で取り上げられている8名の英語達人の中から特にここでご紹介しておく必要があると私が感じた4名を厳選して順番にご紹介してきましたが、人物紹介としては四回目の今回が最後になります。

最後にご紹介するのは4名の中で唯一ご存命の山内久明氏です。

著者が前著「英語達人列伝」を出版した際に、もし続編を書く機会があったら、最後に取り上げるのはこの人だと心に決めていたと言い、またその理由として、実際に著者がこと実際の英語の運用能力とその質の高さにおいて、山内氏の上を行く人間を知らないことを挙げられており、それならば私としてもここでも取り上げないわけにはいきません。

以下、彼の生い立ちから著者より現状最高の英語運用能力の持ち主と評されるようになるまでの流れをまとめます。

彼は、1934年、広島市富士見町(現中区)に生まれ、父常雄は私立学校の校長まで務めた英語教師だが、彼がまだ中学に上がっていない1945年に広島の原爆によって命を落としているため、父から英語の手ほどきを受けていない。

彼の初めての英語との出会いは、1947年で新制中学校としての広島高等師範学校附属中学の第一期生としてだ。最初の英語担任の橋本先生は、アルファベットを一切教えなかった。まず、モノを見せながら自分でその英語名を発音して生徒に繰り返させた後で、黒板に書いた発音記号の書写を指示した。これは、英語入門期の生徒がアルファベットをローマ字風に読んでしまうと、不正確な発音を身に着けてしまう恐れがあるのでそれを避けるための工夫だったという。また、サッカー部の顧問を務める松本先生は練習中の指示も英語で出していたという。昔の英語教育というと、ただ文法規則を教え込むだけの退屈な授業を連想する人が多いようだが、このような先端的ともいえる工夫を凝らしながら授業を行う優秀な英語教師はいつの時代にもいたのである。そのまま付属高等学校に進学し、ここでも優秀で個性的な英語教師たちの指導を受けることになる。

1954年、東京大学に入学、教養課程を駒場で過ごし、英文学を志しつつも、文学部英文科のある本郷ではなく、同じ駒場の教養学部のイギリス科に進学する。その理由として、英文学も含め、イギリスの歴史、思想、政治経済などを総合的に学ぶ「学際的」な部分にひかれたとのこと。イギリス科には外国人教員が多く在籍し、オックスフォード大学を卒業したばかりの若き詩人アントニー・スウェイトなど多彩な教員たちとの緊密な関係の中でますます英文学の魅力に取りつかれていき、研究を深めるべく本郷の大学院英文学専門課程に進学するが、どうしても英語文化圏の大学を知りたいという衝動から、博士課程在学中の1962年、ニューヨークのコロンビア大学に留学し、ここからカナダのトロント大学、イギリスのケンブリッジ大学と英語圏において英文学研究をさらに深めていく。

ケンブリッジ時代の山内の英語について、彼と友情をはぐくんだイギリス人の同僚によれば、彼の書く英語の質は「驚異的(phenomenal)」だったという。この評は英語母語話者が外国人が話す英語に対してほとんど用いることがない形容詞だそう。また、別の同僚によれば、彼は母語話者ですら興をそそられる英語の言い回しを用いていたという。例えば、女性の友人の引っ越しの手伝いを山内が申し出た際、女性の「Are you strong?」という質問に対し、「Despite my unpromising appearance, I am rather strong.(見かけは頼りないかもしれませんが、結構力はありますよ)」と返したという。これなどはとても電話口でとっさに出る表現ではない。

ケンブリッジで博士号を取得した後、1976年に帰国して東京工業大学に職を得た、1979年に20数年の時を経て、東京大学教養学部に戻り、古巣である教養学部イギリス科において授業及び学生指導を受け持つことになる。著者は、そこで彼の話す英語に触れることになるのだが、文法や語彙の選択が完璧なのはもちろん、発音そのものが本場仕込みで、ほれぼれするようなイギリス英語なのだという。

それがどんなものなのか、そこまで言われれば実際に聞いてみたくなるのが人情というもので、探しましたらかなり古いものではありますが、このような音源を見つけました。

う~ん、まさに著者の言うように「ほれぼれするようなイギリス英語」ですね。

この英語が、中学校に入学してから英語を学び始めた人の英語であるということであればこそ、多くの人に英語学習への希望を与えることができるというものでしょう。

1996年彼は、日本における英文学振興と日英文化交流への貢献が評価され、エリザベス女王から「大英帝国三頭勲爵士(Commander of the Order of the Brithish Enpire)」の称号を与えられるのですが、イギリス大使館での彼の叙勲のあいさつを聞いたイギリス大使は、しばし茫然自失といった表情で間を置いた後、「こんな見事な受勲のスピーチは聞いたことがない」と語ったと言います。

最後に、本書の山内氏の項の著者による最後一節を引用して終わります。

「現在、日本の英語教育は混乱の真っただ中にある。英語教育関係者すら英語使用の手本を示すことができぬままに、成功例のない、さらには成功する見込みすらない政策が次々と飛び出してくる。そのような中で、日本人にとって英語とは何か、英語を身に着けるとはどういうことかをもう一度原点に返って問い直してみるべきではないか。山内をはじめ英語達人たちの英語学習の軌跡は、その問いの答えを探す大きなヒントとなるはずである。」

 

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