日本人と英語

4技能統合型の2010年代前半

2026年6月15日 CATEGORY - 日本人と英語

書籍紹介ブログで「日本の英語教育のゆくえ #367」の中で、その時代その時代において計画された「本来あるべき英語教育」の形が、実際にはうまく機能せずに、2023年度『全国学力テスト』の英語の調査結果がそれ以前と比べてもマイナスになるという衝撃的な事態を引き起こしてしまった理由は何なのか、前回に引き続き第二回目は、「2010年代前半」です。

私は、前回の記事の最後を「実に逆説的ではありますが、私はこの短期的成功が冒頭で見た長期的かつ深刻な問題の根底にあると思っています。」と締めくくりましたが、その真意を明らかにしていきたいと思います。

問題は、その短期的な成功が、「優秀な教師などの教育資源とやる気のある生徒の組み合わせ」で成立したにもかかわらず、それを日本全体に無批判に適用しようとしたことだと考えます。

2000年代後半の「SELHi(スーパーイングリッシュランゲッジハイスクール)」設置の動きは、「ゆとり教育への転換」のきっかけとなった2002年の学習指導要領の改訂によって始まったわけですが、この成功を日本全体に広めていく動きは、それとは全く正反対の「脱・ゆとり」を目的とした2011年の学習指導要領の改訂によって実行に移されていきました。

(つまり、どちらにしても英語に関しては既定路線ということか?)

その改訂の中心は、小学校での「外国語活動(英語)の必修化」と中学・高校での英語の「4技能統合型の言語活動」でした。

ちなみに、「4技能統合型の言語活動」は、従来の「読む・書く」を中心とした指導から脱却し、「読む・聞く・書く・話す」の4技能を総合的に扱い、統合して活用するコミュニケーション能力の育成を目的にしています。

この二つが挙げられたのは明らかに、2000年代後半の「SELHi」×「CLT」における成功体験がもとになっていると考えられます。

小学校での「外国語活動の必修化」はそれを垂直(年齢)に拡大するものですし、中学高校での「4技能統合型の言語活動」はそれを水平(場所)に拡大するものと考えられるからです。

その結果、小学校での「外国語活動の必修化」では「英語嫌いの量産」という最悪の結果を引き起こしてしまい、中学高校での「4技能統合型の言語活動」では、極端な「文法軽視」の教育を生じさせてしまいました。

前者は、すでに説明済みですが、後者について少し解説させてください。

この「4技能」の「読む・聞く・書く・話す」は本来は、同時に必要なものではなく、段階的に進めていくべきものです。

つまり、「読めなければ聞けない」、「聞けなければ書けない」、「書けなければ話せない」というもので、それはそれぞれの行為の性質を考えれば自明なことです。

しかし、この「4技能」という言葉が独り歩きしてしまい、どうやらこれらを「同列」ならまだしも、いわゆる学習指導要領の「英語で英語を学ぶことを基本とする」という方針によって、「リスニング」と「スピーキング」を重視し、「リーディング」と「ライティング(文法)」を軽視するようになってしまいました。

先ほど説明した通り、「4技能」は段階(順番)が重要なので、文法を軽視したまま「リスニング」と「スピーキング」を重視しても、実力は決して伸びていきません。

2000年代後半の「SELHi(スーパーイングリッシュランゲッジハイスクール)」の成功は、教師側(教育資源)と生徒側の両方の条件が満たされていたからこそなしえたわけで、それをそのまま日本全体に無批判に適用して成功するわけでないのは当然です。

2023年の「全国学力テスト」の悲惨な結果はそのことを如実に物語っています。

 

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