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こんな人に私はなりたい

2017年6月18日 CATEGORY - 代表ブログ

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皆さん、こんにちは。

昭和40年代というから50年も前に出た経営に関わる本で、今の時代にも通用するものは非常に少ないと思います。

ですが、確実にその少ない中の一つであろう本だということで勧められて読んだものに「土光語録 経営の行動指針」があります。

まず、その語録の主である土光敏夫氏についてまとめてみます。

「土光敏夫氏は石川島播磨重工業や東芝の社長のあと経団連会長といったような大きな仕事を引き受け実績を残す一方で、その質素な生活ぶりで「メザシの土光さん」としてつとに知られており、経済界のみならず政界からも戦後最も尊敬されたリーダーの一人といってもいい人物である。その人間性の本質は「無私」の思想にある。何事にも「私」がない。すべての発想や行動の原点は「己」ではなく「公のため」即ち「世のため人のため」にある。彼の住んでいた家は日本が太平洋戦争に突入する寸前に建てられたものでわずか3部屋しかない平家建て。この小さな家に石川島播磨重工業社長、東芝社長、そして経団連会長になっても50年近く住み続けた。生活は極めて質素で長い間月3万円で暮らし、経団連会長のころはさすがに10万円程度だったようだがまさに「清貧」の日々であった。(佐々木常夫コラムより)」

そんな土光氏の珠玉の言葉がいくつも載っている本書ですが、その中でも群を抜いて納得感のある、目からウロコの言葉に出会いましたのでそちらをご紹介します。

それは、「穴を深く掘るには幅がいる」です。

人材開発に関する議論にて、能力の専門化と総合化の問題、すなわちスペシャリストを育てるべきか、ゼネラリストを育てるべきかというのは永遠のテーマのように捉えられますが、土光氏のこの言葉で、その議論が完全に片づけられてしまったように感じられたのです。

「専門家が深く進むのは当然だが、狭くなるとは不可解だ。本当に深まるためには、隣接の領域に立ち入りながら、段々幅を広げてゆかねばならない。深さに比例して幅が必要になる。つまり、真の専門化とは深く広くすることだ。そうして、この深く広くの極限が総合化になるのだ。」

なんという本質論でしょうか。

これだけ、私たちは非常に長い時間、スペシャリストなのかゼネラリストなのかの議論を今に至るまで続けてきています。

しかし、いつになってもその決着は見られないのはなぜだろうという疑問の答えがまさにこの言葉だということにいまさらながら気づかされました。

こんなシンプルな真理を即座に指摘できるような生き方とはどんなものなのか。それが、冒頭で書いた土光氏その人の貫き通した生き方なのだと思います。

「こんな人に私はなりたい。」

と思いましたが、そのために必要な修行のことを思うと自分がどれだけ小さいのかを即座に思い知らされました。