なぜヒトだけが老いるのか
2023年9月24日 CATEGORY - 代表ブログ
皆さん、こんにちは。
今回は、以前にご紹介した「生物はなぜ死ぬのか」の続編をご紹介します。
前書では、死は「生命の連続性を維持するために必要不可欠なものとしてあらかじめ積極的にプログラムされたもの」であり、すべての生物に共通した当たり前のものだということを学びました。
今回ご紹介する「なぜヒトだけが老いるのか」は、前回学んだ全生物に共通の前提である「死」の前段階であるはずの「老い」が、実は共通でないばかりか、ほぼ「ヒト」のみが例外的に経験する非常にレアな状態であることを明らかにしています。
実際に野生の生物には、「老い」は原則存在しないか、非常に短い期間しか観察されません。
「老い」る前に食べられてしまうか、「老い」ると食料が取れなくなりすぐに死んでしまいます。
それは、ヒトと遺伝情報的には98.5%共通するゴリラやチンパンジーもそうで、彼らは50歳近くまで生殖能力も維持しながらも、子供を産めなくなったとたんにコロリと死んでしまうのだそうです。
つまり、ヒトの生物学的寿命は、遺伝情報がほぼ一緒のゴリラやチンパンジーと同じく50歳程度と考えられ、実際の平均寿命である80歳との差の30年は生物学的以外の要素によるものだということになります。
その要素を著者は、ヒトの「社会性」だと言います。(よぼよぼになった飼い犬や飼い猫を目にしますが、それはヒトが彼らを自然から隔絶して、ヒトの社会の中に彼らを引き込んだからこそ生じている現象ということになります。)
以下に本書より、ヒトの社会性によって引き起こされる30年におよぶ「長く続く老化状態」が具体的にどのような仕組みで引き起こされるのかについての該当部分を要約引用します。
「生物学的寿命である50歳を過ぎたくらいから急激にヒトはがん化のリスクが高まります。つまり、ヒトはがん化のリスクを負いながらもそれ以上のメリットでそれに打ち勝つことでそこから平均で30年長く生きるということになります。それを女性に関しては『おばあちゃん仮説』、男性に関しては『おじいちゃん仮説』という二つの仮説で説明します。まず前者は、生まれた子供にとってのおばあちゃんは子育ての経験者であり、赤ちゃんの世話も育児の指導も上手であるため、彼女たちのサポートによって母親の負担は激減し、再び子供を産めるくらいの余裕ができます。かくして太古、おばあちゃんが元気で長生きなほど、子供を持てるキャパシティが増え、コミュニティを大きくすることにつながりました。一方、後者は、徐々に集団が大きった結果、分業が進み、経験とスキル、そして集団をまとめる力を持った年長者が貴重な存在になり、困ったことがあったら『長老に聞け』みたいなことになっていきます。知識・技術・経験が社会を安定化し、子供を増やし教育する重要な要素になっていきます。この二つがヒトの長寿についての進化的な『選択』が働いたわけです。」
つまり、経物理的な体力よりも験・知識・技術の力が男女ともに求められるようになり、それらを相対的に豊富に持っているおばあちゃん・おじいちゃん(シニア)が多ければ多いほど結果的に文明も飛躍的に発展することになるので、選択的にヒトの寿命は長くなり、我々ヒトは他の生物には存在しない「長く続く老化状態」を手にすることになったというわけです。
なるほど!と思いました。
しかしそれと同時に、図らずもこのことが昨今の日本の少子高齢化の原因の説明をしてしまっていることに気づいてしまいました。
つまり、核家族化が進んだ(老年世代が家族にいない社会を作った)結果、夫婦だけで生活するのが精いっぱいで、子供を産み育てることができなくなりつつある現代日本の現実を、この「おばあちゃん仮説」「おじいちゃん仮説」が完璧に説明できてしまっているのです。
となると、我々ヒト(特に日本人)は今後も50歳程度という生物学的な寿命を超えて長寿社会を維持し続けられるのか、真剣に心配する必要があるような気がします。