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コロナ後の世界を生きる

2020年9月10日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。

「新型コロナウィルスの感染拡大のピークが過ぎたとみられる」と新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長が発言されてから一定期間が過ぎ、その見立てをなぞるように日々発表される数値もある程度落ち着いてきたように思えます。

しかしながら、仮にこの危機が収まっても、今後も似たような「危機」は当然起こると考えるべきで、人類としてその度に今回のような「右往左往」をし続けるわけにはいきません。

現時点ではまだまだ「危機」が継続しているわけですが、我々人類はこの経験から確実に「教訓」を得て、今後の危機を「想定内」のものとしてコントロールしていく必要があります。

このような現状の中で、24名の様々な分野の専門家がこれまでの経験から得られた教訓をもとにした現時点での「提言」を村上陽一郎氏がまとめられた「コロナ後の世界を生きる」を読みました。

村上陽一郎氏は、私たち世代で受験を経験した者であれば少なからず現代国語や小論文の問題でその文章を目にしたことがあるはずの現代評論の巨匠です。

以下に本書を読んで私が印象的だと思った「提言」をご紹介いたします。

それは、東京都立大学教授で社会政策学者の阿部彩氏による「緊急事態と平時で異なる対応するのはやめよ」という指摘です。

「新型コロナの感染拡大の影響によって、公共料金が支払えなかった人々への支援を政府が要請するという。私はこのニュースを見て驚愕した。このどこに問題があるかと言えば、公共料金の支払い不能の事例は今回のような『緊急時』でなくとも『平時』でも起こっている。にもかかわらず、この『緊急時』と『平時』のリアクションの違いはどこから来るのであろうか。私は三つの理由を考えた。一つ目は『期間限定の税金投入』であるかどうか。二つ目は『困窮の原因』が病原体のような不可抗力の結果かどうか。そして三つ目は『緊急事態の緊迫感とそれに伴う高揚感』があるかどうかである。しかし、長年貧困研究をやっている私からすると、現在の『緊急時』の対策や全国的な『思いやり』の高まりを素直に受け止められなくなってしまう。『緊急時』に現れる『思いやり』は困窮が継続する可能性や困窮の要因が不可抗力化自己責任かといった議論に向かい合わず、それを考えることを迂回した考え方である。この考え方の延長線上には、『平時』の困窮に対する解決策はない。」

私が、阿部教授のこの指摘に共感を持ったのは、似たような違和感を雇用調整助成金の「コロナ特例」に対して抱いているからです。

雇用調整助成金とは、もともと企業が何らかの事情で売上が減少した時、従業員を解雇しないことを条件に彼らに対して実際に支払った賃金の一定割合を雇用保険を利用して補助するという企業にとっては非常にありがたいものです。

そして、その「コロナ特例」とは、その補助の条件を大幅に緩和したもので、一番特徴的なのは、企業が賃金を100%支払った場合には100%の補助をするが、100%に満たない額の支払いの場合には、従来通り実際に支払った賃金の一定割合のみの支払いを行うというものです。そして、この特例の適用期間は当初9月までということでした。(12月まで延長)

弊社も、4月から6月までの三か月はランゲッジ・ヴィレッジを完全休業にしたため、この恩恵を最大限に受けました。そして、現在も完全には戻っていないため、一部を活用させてもらっており、大いに助かっていることは間違いありません。

しかし、実際に助かっていながらも私には経営者としてこの特例には「違和感」を感じざるを得ないのです。

経営者としては危機に対応するため、自身の企業としてギリギリできる支払い賃金額(例えば80%)を決めてそのうちの一定額を、この危機が去るまでの間ずっと補助を続けるという特例にしていただくことが持続可能性の観点から何よりも安心材料となります。

特に、この危機はいつになったら収まるのかというのが誰にも見通せません。にもかかわらず、特例の期限は12月まで(当初は9月まで)ということで区切られています。

(そうなると、その先を見通すことができない企業は従業員の解雇に踏み切らざるを得なくなる可能性が高まり、この制度の趣旨を全うできないなってしまいます。)

その上で、企業が100%支払った場合には100%の補助をする代わりに、100%に満たない場合には企業の負担分を課すという「コロナ特例」ルールであれば、いくら「違和感」を感じたとしても従業員が実際に手にする金額を考えれば、私が取りうる経営判断としては前者以外にあり得ません。

その結果、従業員のモチベーションを保つ意味では、何も働かない3カ月間にも100%の賃金をもらえるという状況に慣れてしまうことで、その期間が終わって通常の状態に戻った時のモチベーションの低下を非常に憂慮せざるを得ませんでした。

(ありがたいことに、実際には完全休業後弊社のスタッフの中にはそのようなモラルハザードを起こす者は一人もいませんでした。)

それよりなにより、このような大盤振る舞いともいえる「コロナ特例」の原資は雇用保険だけでは賄いきれず、税金の投入は免れません。であるならば、必ず事態の収束後には清算をしなければなりません。

当然ですが、その方法は「増税」以外にはありえないわけです。

それを避けるためには、阿部教授の言う「緊急事態の緊迫感とそれに伴う高揚感」の中でも冷静に本来あるべき形を作り上げる必要があるはずなのです。

繰り返しますが、ミクロな視点からは「もらえるものはもらう」という現実的な行動を経営者としてはとらないわけにはいきません。当然ありがたくいただくことが最良の経営判断になります。

しかし、マクロな視点から持続可能性を考えながら、政府も経営者もそして従業員もともに努力をして乗り越える気概というものが本来的には必要だろうと思うのです。