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チベットの政治体制の弱み

2026年7月3日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。

前回、「チベットわが祖国」の記事の最後で、日本の天皇陛下とチベットのダライ・ラマの共通点として、

「国民と世界の安寧のために始終祈祈り続けることに自分の人生をささげるということを、自分自身の「意志」ではなく「宿命」として受け入れられ、それを実践し続けてこられた」

という点を指摘し、それが世界のいかなる政治リーダーから発せられるものとは異なる存在感の源泉ではないかという感想を述べました。

ただし、この二者には違いがあることも事実です。

それは、ダライ・ラマが民衆の精神的支柱としての宗教的存在であるのと同時に政治的な最終決断者でもあるという点です。

そして、そのことが少なからずチベットの混乱の原因になってしまっているのではないかと本書を読む中で強く感じました。

ダライ・ラマは「化身認定制度」によってその地位を得る、すなわち先代が亡くなる前一年の間に生まれた者しか認定されることがないため、その転生者が成長するまでの間はその唯一無二の存在であるその人ではなく、「摂政」が政治を仕切ることにならざるを得ず、そのことがチベットの政治体制を権力闘争や権力の空白が生じやすくなります。

本書では、これによって中国侵攻という未曽有の危機においても政治担当者の責任回避が生じ、判断が遅れることで状況が悪化してしまった後で、まだ未成年であるダライ・ラマ4世が最終責任を取らざるを得なくなるという事態が描かれていました。

この点、「化身認定制度」ではないながらも、建前上は主権在君であった日本の大日本帝国憲法下の太平洋戦争の開始から終戦までの状況と重なる部分があるかと思います。

これらを踏まえられてかどうかは分かりませんが、ダライ・ラマ14世は、2011年にチベット史上初めて、政治的権限を首相に移譲して政府の長の座から引退するという決断をされました。

一方で、2025年には宗教的指導者としてのダライ・ラマの「化身認定制度の継続」を、すなわち転生者を決めるのは中国政府ではなく自分だと明言されています。

現在の中国とチベット亡命政府の膠着した関係を鑑みるに、チベットの未来を見通すことはは全くもってできませんが、ただただ、このような状況が改善されることを望むのみです。

 

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