
フェーズフリー(その2)
2026年6月9日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。
昨日(2026年6月8日)の読売新聞夕刊の「よみうり寸評」に非常に重要な視点を思い出させてくれる記事がありました。
以下該当部分を要約引用します。
「『先人は水面に映る月影を見て道を悟ったとも云う』日常の全てが修行の場だと心得、両者を切り離して考えない。その教えは防災の道にも通じるらしい。平時と災害時とを区別しない防災のあり方『フェーズフリー』に政府が一丸となって取り組むことになった。『津波タワーを平時は観光施設として活用する』(国土交通省)『算数や数学の授業で津波の到達や避難にかかる時間を計算する』(文科省)・・・東日本大震災を思い出す。ラジオや蚊帳や井戸の価値が見直された。昭和レトロのブームにも乗って生活空間の一部を昭和の色に染める―当欄も愚案をひねり出してみた。」
「フェーズフリー」という考え方については一年以上前にもこの「よみうり寸評」にて扱われていたものをこのブログにて取り上げていました。
それなのに、この視点が当たり前のこととして取り上げられていない「いまさら感」には憤りを隠せないというのが正直なところです。
そもそも、どの省庁も国民のために国民の税金で存在しているのに、自分の省庁のことばかりを最適化しようとする「縦割り」の姿勢自体がこの「フェーズフリー」の考え方に真っ向から対立するものではないかと。
ただ、それでも実際に動き出したということは評価すべきことだと思います。
思い返せば、大学時代、複数の授業で期末にレポートを課されたとき、それらの科目にできる限り共通するような「テーマ」を定めてそれに関して広く詳しく調べ、それぞれ求められる課題にアレンジすることで「一石二鳥」で単位を取ったものです。
怠け者の視点も考えようによっては「エコ」な視点と捉えられるはずだと思っています。









