
ランキングは多様性の敵?
2026年7月22日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。
前回ご紹介した「数値化中毒」では、本来測定のための単なる数字に過ぎないものが、行動の目標に容易に転化してしまうという「数値化」の恐ろしい性質をご紹介しました。
今回は、その性質とはまた別に「数値」の「意味」を正確に理解した上でその情報を受け取ることの大切さに気づかされましたので、その点について第二弾として取り上げたいと思います。
ある特性や概念を数値化するための仕組みのことを「尺度(scale)」と言いますが、これは以下のように4種類に分類されます。
①名義尺度
郵便番号や電話番号のように、物のカテゴリーに数字を割り当てて区別をする記号として数字を利用するものです。ですので、それらの数字には大小関係はありません。
②順序尺度
いわゆるランキングがこれにあたります。カテゴリー間の違いに大小関係の情報が加わったものです。ただし、数字が大きいほうが大きい、高い、良いを表現することもあればその逆のこともあります。また、順位の間の「差の大きさ」は全く問題にされません。
③間隔尺度
異なる数字が異なるものを表し、大小関係があり、さらに数値と数値の間隔が等しいことを意味します。例としては、温度を表す摂氏(℃)や華氏(℉)、あとは知能指数(IQ)などがあげられます。ただし、これらで言うところの「ゼロ度」は「ない」ことを意味しません。つまり原点がないので、「30度は15度の二倍熱い」といった比率の比較をすることはできず、単純に「差」を比べることができるだけです。
④比率尺度
異なる数字は異なるものを表し、大小関係があり、数値と数値の間隔が等しいことを意味し、さらに絶対的な「ゼロ(0)」という基準が存在することを意味します。例としては、長さや重さ、金額、時間など、比率尺度で表現可能なものは世の中にたくさんあります。これらには、数値の差も比率も両方に意味があるという点で最も情報量の多い尺度と言えます。
と、ここまでで「数値」の「意味」を理解したことになります。
その上で、今回取り上げる問題は、本来簡単に合計すべきではない情報を合計してしまう問題です。
例えば、学校の通知表。多くの学校では、テストの点だけで通知表の数値をつけることはありません。もちろん、中間テストや期末テストの結果は通知表の数値に反映されますが、しかし宿題の提出状況や発言の多さなど「積極性」「協調性」なども反映されます。
とすると、こういうことが起こり得ます。
A君は中間も期末もテストで100点を取ったのに通知表は5段階で4になっていた一方で、B君は中間も期末も70点でだったのに、通知表は5段階で5になっていました。それを知ったA君とその両親は激怒。
ここでの問題は、本来多面的・多元的に評価すべきものを「一つの得点で表現してしまうこと」による問題ということになります。
冒頭で確認した4種類の「尺度(scale)」を用いて考えれば、本来は「学力」はテストの点数という「比率尺度」で数値を出し、「態度」は宿題や発言などの回数という「比率尺度」で数値を出し、それぞれ全く異なる性質をもった数値を単純に足し算し、その合計数値を通知表の数値とする。そして最終的にはそれらの数値を「ランキング」という「順序尺度」を用いて進学先の決定に(一部とはいえど)用いるという混乱っぷりです。
ただしそれを運用している教育側は、おそらく善意(「学力」と「態度」という二つの情報を足すことが多面的・多元的評価につながるだろうという判断)から、このような評価の動きになったはずです。
しかし、これは二つの別の軸で捉えていた情報を、一つの軸に押しつぶしてしまうことを意味し、「学力が高く態度が悪い」生徒と「学力が低く態度が良い」生徒という全く異なる状態の人間を、「同じ生徒」であるかのように表現してしまうということです。
足し算は、両方を反映しているようでいて「どのように優れているのか」という最も重要な違いという情報を消してしまうのです。
言い換えれば、「学力」と「態度」は交換可能であるというメッセージを生徒に与えていることになります。
そして、そのメッセージは、その先にあるのは交換不可能なものが合わさった数値を高めようとする「本質的ではない努力」を確実に誘発していきます。
同じことは、世界大学ランキングやレストランランキングでも生じていますし、これによる悲劇については今までもこのブログで「高校入試における内申点の存在」という記事にて取り上げています。
この問題は多様性を認めることを「是」とする社会にとっては、これ以上ないほどに逆説的で不都合な問題であると言えるのではないでしょうか。









