
人新世の黙示録
2026年6月30日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。
前回は、マルクス経済学者の斎藤幸平氏の「補考 オーバーシュートと進歩の終わり」という新たに書き下ろされた章を収録して6年ぶりに再出版された「増補新版 人新世の資本論」をご紹介しましたが、今回はそれと同時に出版された「人新世の黙示録」について書きます。
まず本書を読む前に、タイトルの「黙示録」というものについてきちんと理解をしておく必要があると思いました。
これは新約聖書の「ヨハネの黙示録(The revelation of Jesus Christ)」のことを指しているわけですが、中高一貫のカトリックのミッションスクールで学び、入学と同時に「聖書」を渡されておきながら、一度もそれをまともに読むこともなく卒業してしまったため、改めて聖書の最後に収録されている「それ」を読んで見ることにしました。
実際に読んで見ると、なぜ当時の私は「聖書」を読み通すことができなかったのか、久しぶりに理解しました。
その「背景事実もほとんどない」中での「翻訳文の読みにくさ」があり、読み通したとしてもよほどの詳しい解説者が横にいなければその内容を理解することができないはずです。
その意味で、私の中高時代はカナダ人ブラザーが何人もいらっしゃったという何とも贅沢な環境でありながら、彼らにその解説を請わなかったことをいまさらながら後悔しました。
ようやく今回読了することはできたものの、そのような贅沢な環境は得られないわけで、その意味について自力で理解することができませんでした。
ならば、ブラザーの代わりにAIの力を借りて「ヨハネの黙示録」の内容とその流れをざっくりとまとめてみました。
1.七つの封印のうちの四つの解除とそれによる四騎士の登場
小羊(キリスト)が巻物の封印を一つずつ解いていくことで、天変地異(いわゆる「四騎士」の登場など)が起こり、人類の苦難が始まる。
・第1の封印:白い馬=征服(近代解釈では疫病)
・第2の封印:赤い馬=戦争
・第3の封印:黒い馬=飢饉
・第4の封印:青白い馬=死
2.ハルマゲドンの勃発
悪霊に導かれた地上の諸王がメギド(ヘブライ語でハルマゲドンの語源)に集結し、神の軍勢(キリスト)との最終決戦が勃発する。
3.千年王国の到来
神の軍勢が勝利し、サタン(神の対極の存在)は底知れぬ所に閉じ込められ、その後、新しい天と地(千年王国)が到来する。
ここまでが「ヨハネの黙示録」の大まかな流れですですが、以下この知識を前提として本書の
まず本書では、私たちが今生きている「人新世」は、次のようにこの「ヨハネの黙示録」をなぞるような形で進行していると捉えられると言います。
・第1の封印:白い馬(疫病)=コロナ禍
・第2の封印:赤い馬(戦争)=ウクライナ戦争、イラン戦争
・第3の封印:黒い馬(飢饉)=ガザのジェノサイド
・第4の封印:青白い馬(死)=AIのシンギュラリティによる人間の終わり?(これは個人的には「どうかな?」とは思います。)
そして、第五番目の騎士として、「気候変動が制御できなくなった先にある終末的状況」がやってこようとしているのが現在だという認識です。
このように冒頭からあまりに絶望的な内容でしたが、基本的に本書は、「気候変動が制御できなくなった先にある終末的状況」において一体どんなことが起こるのか、そしてそれをどう克服して「千年王国」を到来させるのかを考えるという内容(もちろん、超資本主義という立場としての本来のマルクス主義の立場から見た内容)です。
以下に、本書から私にとって印象的だった部分をいくつか要約の上引用します。
◆「もともと1952年以降の『人新世』においては安い労働力、安い自然、新たな市場という資本主義のフロンティアが枯渇しつつあった。現代資本主義は地球環境の有限性という外的制約を無視して拡大してきたが、いよいよ『安価な自然の終焉』に直面しており、その分、利潤の獲得も困難になってきているのだ。資本の蓄積は今後もますます困難になっている。と言うのも、地球環境の劣化によってパイそのものが減って育成で、残りの取り分を巡っての奪い合いも激化する。その先に私たちを待ち受けるのは、『恒久欠乏経済』である。」
この「地球環境の劣化」による「恒久欠乏経済」が、ヨハネの黙示録における「第五番目の騎士として『気候変動が制御できなくなった先にある終末的状況』がやってこようとしている」という部分に一致すると捉えました。
◆「この『恒久欠乏経済』の到来はマルクスの警告と一致する。マルクスは、『資本論』の中で次のように資本主義が(産業利潤)→(商業利潤)→(利子・信用)→(レント経済)という形で移行していくと予想していたわけだが、現在GAFAMによるテクノ資本主義が遂にこのうちの最終段階である(レント経済)に一致するとみることができる。」

ちなみに「レント」とは、資本がそれ自身では作り出すことができない自然条件に恵まれた土地など生産や流通の条件を独占的に所有することで獲得する利潤のことです。ただし、本来、土地や大規模インフラなどは共有材(コモン)として特定のものに独占させてはならないものとマルクス資本主義では言われます。
◆「産業技術の発展とともにレント獲得の範囲が著しく広がっている。もともとの土地の独占から、鉄道などの大規模インフラの独占にとどまらず、新規参入が困難なデジタルプラットフォームによるデータや知の独占によって現代資本主義の利潤獲得競争のフロンティアになっている。GAFAMは独占的なプラットフォームを構築し、コンテンツや知財へのアクセス料を徴収する。あるいは、効率化のためのデータを収集分析して、販売する。こうした行為が、プラットフォーム企業にレントという形の利潤をもたらすのだ。」
この件について最初私は、自然物である土地と人工物であるプラットフォームを著者が同一視することに違和感を覚えたのですが、土地を最初にとりに行くのと、初めにプラットフォームを構築するのとは「最初にとりに行く」という意味で同じだし、プラットフォームが規模の経済および正のネットワーク効果によって一度確立してしまえば再生できないという意味で土地と本質的には同じだと納得しました。
しかも、何億もの人々の同時利用が可能となることでレントの総額が逓増するという意味でむしろそのレント性は土地よりも強力です。
このようなレント経済においては、世界「気候変動が制御できなくなった先にある終末的状況」とそれを前提としたグローバルエリートたちの自己保身からくる「テクノ資本主義による非常に厳しい収奪的経済」によって、今後は明らかに「暗い未来」しかないというのが著者の主張です。
◆「ことここ(人類はパリ協定の目標を前提とする最善シナリオを放棄したこと)に至っては、もはや『進歩の終わり』を受けいれながら『資本主義を捨てる』という道しか残されていない。誤解を避けるためにはっきりさせておくが、これは民主主義や人権の否定を掲げる新反動主義とは無縁である。社会を変えるためには、まず、未来社会についての夢の内容を変える必要があるのだ。その新しい夢とは『必要と自己保存』である。もっと直接的に生きるか死ぬか、という『生物学的なもの』によって規定される。当然、『成長経済』ではなく『生存経済』を目指すことになる。」
私も「これはさすがに言い過ぎでは?」とも思ったのですが、「人類はパリ協定の目標を前提とする最善シナリオを放棄した」ために、この「暗い未来」は不可避になったという著者の論理も、必ずしも奇をてらったものとは言い切れないような気がしてきました。
コロナ禍において、ロックダウンを続けるのか、あるいは死者数が増えても行動緩和して社会活動を維持するのかのトレードオフの状況に身をおいた記憶がまだ新しい私たちは、もし本当にそのようなシナリオが現実のものとなった段階(著者はそうなってからでは遅いというかもしれませんが)には、そのような対策を恒久的に社会に適用することの準備ができていると言えるかもしれません。
ソ連の崩壊によって「計画経済」に対する西側世界の見方が極端に否定的になってしまったことで、以上のように資本主義の限界が明らかになったにもかかわらず、その次に来る経済体制として、以上のような失敗の経験に基づいて修正をかけた「計画経済」をその選択肢として一切考慮しないのはあまりに行き過ぎているというのが著者の主張です。
冷静に考えれば、確かにそれを選択肢にすら挙げないことは行き過ぎだと私も思います。
しかもその「計画」は、ソ連のように一部の官僚によってなされるのではなく、現代のデジタルの力によってなされることで民主的な形で実現される「デジタル市場社会主義」を実現すると言います。
ただ、仮にそれを選択し実行に移すことができたとしても、その後に来るのが「千年王国」とはとても言えないものであるはずで、前著「人新世の資本論」を読んだ6年前とは違って、読後感は正直あまりよいものではありませんでした。
それはまるでやるべき宿題をやらずに学校へ行き、教師に詰められる感覚に似たバツの悪さでした。









