
「多様性」の昔と今
2026年7月29日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。
昨日(2026年7月28日)の読売新聞夕刊の「よみうり寸評」にまたまたいい内容が載っていましたので、連投で恐縮ですが重要部分を引用の上ご紹介します。
「物事の是非をきめることを『白黒をつける』という。昭和のころ、子供がこぞって『黒』に軍配を上げる行事が『日焼けコンテスト』だった。夏休み明けの小学校の教室では、こんがりと焼けた子供たちから拍手が送られ、黒い肌を競った。太陽を浴びて駆け回った元気の証が、夏の勲章でなくなったのはいつからだろう。海遊びを楽しむ人が少なくなっている。海水浴の客数はピークの1985年から9割減ったという。護岸工事に伴う砂浜の消失やレジャーの多様化に加え、容赦ない炎天と紫外線が浜辺から人を遠ざけている。『太陽に愛されよう』。昭和に光を放った化粧品の広告コピーである。今は、愛より優しさが欲しい。」
これを読んで小学生時代を思い出し、かなり複雑な気持ちになりました。
私は比較的肌の色が白く日に焼けると黒くなるのではなく、真っ赤になってすぐにずる剥け、そして再び白い肌に戻るのを繰り返す子供でした(今もですが)。
ですので、いくら外で飛び回って「虫捕り」に励んでも、夏休み明けには真っ赤になっているか、白くなっているかでしかなく、このコンテストの受賞者に該当することは決してなかったからです。
そして、今考えてみるとこのコンテストは問題もあったのではないかという思いもあるからです(別に悔し紛れにではないですよ(笑))。
記事内でもあるように、紫外線のことを考えれば当時からも肌の色が黒くなることは決して健康的なことではなかったでしょうし、元気に活動したことの証として「肌の色が黒い」ことを設定するのは(私のような例もあることを考えると)、必ずしも合理的ではなかったのではないかと。
つまり、「多様性」を認めるという意識が皆無だったのだろうなと、感じられる方は多いかもしれません。
しかしです。
では現在は本当に多様性を許容する社会になったのかということなのですが、そこはかなり微妙なところではないのかと記事の最後の言葉から感じとってしまいました。
「『太陽に愛されよう』。昭和に光を放った化粧品の広告コピーである。今は、愛より優しさが欲しい。」
今度はそのパラメーターが「愛」から「優しさ」に変わっただけではないかと。
「優しく」ということが優先されて「(人や物を)愛する」ということを抑制されているように感じることがあります。
「優しさ」は「多様性」の名の下に行われることが多いのですが、それはむしろ逆に本来の「多様性」の概念から離れるものであるように感じるのです。
それを最も極端な形で感じたのがコロナ禍の時期でした。
「優しさ」の名のもとにどれだけの人の「愛する」が犠牲にされてしまったのか。
社会に対する「優しさ」のために、愛する人との最後を満足のいく形で過ごさせないことが「正解」なのだと社会として判断したことが本当に正しいことだったのかどうか、それがきちっと検証されたとも思えません。
私は「日焼けコンテスト」当時の社会が「多様性」の感覚に乏しくて、現在の社会が「多様性」の感覚に富むようになったとは到底思えません。
本当の意味での「多様性」の受容は、そういったことをい一つ一つ苦しいけれどもきちっと検証し社会としてどうするべきなのかを考え続けて初めて可能となると思うからです。









