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数値化中毒

2026年7月19日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。

以前にご紹介した「7つの激変」の中では、その激変の一つとして、

「文系エリートが支配していた広告の世界に、Googleはアドテクという名の数学を持ち込んだ。その瞬間、広告は科学へと変貌し、少数が独占していたパワーが全人類に解放された。」

ことが挙げられていました。

これはそれまで長い間「センス」の問題として扱われて、そこにかける予算への説明責任が果たせなくても問題にされなかった広告業界を、「数値」の問題として完全なる説明責任が果たされるべき世界に変えたというストーリーでした。

そこでは「数値化」は完全なる「善」として捉えられており、今までの「センス」的なものがその対極にある「悪」として捉えられていました。

しかし、その完全なる「善」として捉えられていた「数値化」という概念に真っ向から疑問をぶつける「数値化中毒 なぜ手段が目的に変わるのか」という本を偶然見つけましたので、興味深く読ませていただきました。

以下に本書の概要をまとめます。

私たちは、冒頭の広告の例をはじめとして普段の生活の中で「数値化によって自分が評価される」ということにあまりにも慣れすぎている一方で、数値化が「息苦しさ」を生み出していることに気づかされることがあります。

私たちは見えない部分があるから「諦める」ことができるのですが、数値化によってそのような隠れた部分も可視化していくことでまるで自分の価値そのものが数値で表現されているような錯覚に陥ってしまうことで息苦しくなるのです。

何事も、どれだけ細かく分解して数値化していったとしても、所詮は測りやすいものから優先的に測定しているに過ぎないので、隠れたものをゼロにすることはできません。

そして、それらの数値は対象(例えば学力)の一部を反映しているに過ぎないため、本来的に人間が持っている「諦める力」によってその錯覚から逃れるべきなのに、その自由を奪われているとも言えます。

また、本来測定のための単なる数字に過ぎないものが、行動の目標に容易に転化してしまうという恐ろしい性質をもっていることを次のような事例をもって説明されています。

「英国の国民健康サービスにおける救急部門では、『4時間基準』という『4時間以内に95%の患者の診察・入院・転院・退院を完了させること』という数値基準が運用されていた。するとこの『4時間』という数値を守ること自体が目的化し、例えば病院の医師の受け入れ準備が整うまで、病院のスタッフたちが患者を救急車から降ろすことを拒否し始めたのです。結果として、救急車が病院の前で待ち続けて滞留するという救急医療としての実質的な運用に支障が生じる現象が起こったのです。本来、『4時間基準』は患者の診察や治療などをの時間を短縮し、効率化するために設けられたものです。しかし、『数値を悪化させないこと』『設定された基準を守ること』という数値に焦点が当たり、本来の数値の意味は失われたのです。」

また、このことがよく分かる研究結果として「グッドハートの法則」というものが導き出されています。

「これは、ある指標が目標となるとそれはもはや良い指標ではなくなるという原理を指します。もともとは経済政策の文脈で提唱されましたが、その後、教育・行政・ビジネスなど、数値指標によって人々の行動が管理・評価されるあらゆる分野に適用できる普遍的な洞察として知られるようになりました。提唱者であるイギリスの経済学者グッドハートによれば、ある指標が報酬や利益、評価と結び付けられると、人々はその指標を最大化すること自体に集中し、元々の目的や価値を忘れてしまう傾向があります。政策や制度が善意によって設計されていても、指標が目標に変化していくことで、人々の行動は『数値を挙げる』方向に最適化されていくのです。指標が人々の行動を方向付ける時、私たちはしばしば『目的』と『手段』を取り違えてしまうのです。」

目標としての数値設定がなされた瞬間、人間は「目的」と「手段」を取り違え、誰もが見失うことなどありえないと考える「患者を救うこと」さえも放棄してしまう、私たちはなんと恐ろしい性質を内蔵してしまっているのだろうと愕然としました。

がしかし、漢字の書き取り、営業マンの電話アポとり、警察官の一旦停止取り締まりのノルマなど、この性質は心の奥底にしまい込まれた珍しいものでなく、ちょっと油断しただけですぐに顕在化してしまう本当に身近な性質だということを簡単に見つけられてしまうのが私たち人間の現実なのです。

だからこそ私たちは自分たちに内蔵されたこの愚かな性質の顕在化を回避するために「何のためにその数値に注目するのか」を問い続ける必要があります。

 

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