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時代の十歩先が見えた男

2020年11月25日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。

・百歩先の見えるものは狂人扱いされ

・五十歩先の見えるものは多くは犠牲者となる

・十歩先の見えるものが成功者で

・現在を見得ぬものは、落伍者である

この言葉の主である阪急電鉄や宝塚歌劇団を創業した小林一三について書かれた「小林一三 時代の十歩先が見えた男」を読みました。

何もないところに線路を引き、その線路の周りに「住宅」を作り、そして駅周辺には「百貨店」「劇場」等のエンターテイメントを作り、全体として成立するビジネスを構築した彼は、まぎれもなく「十歩先の見えるもの」として自他ともに認められるべき経営者であることは分かっていました。

しかし、本書を読んで、彼は実は「十歩先の見えるもの」にとどまるのではなく、「百歩先まで見えるけれども、十歩先の仕掛けでとどめておけるもの」であったのではないかと思うようになりました。

私をそのような気持ちにさせた記述を本書から引用したいと思います。

「私はそれ相当に自分の体験、自分の経てきた生々しい生活実験から、自分の処世観は把握している。強いて言えばこれが私の宗教だとも言えようかと思う。それは『無理をするな』ということで、これが私のすべてを通じてのモットーである。どんな仕事でも自分の力量でできる範囲内のことに限らねばならない。すなわち着手する仕事については独立欠航しうるという見通しと、自身がつかなければ始めてはならない。人に頼ることは失敗の第一歩である。自分が親分として信頼してきた人でも、いざとなると一臂の力を貸してはくれないものである。最後に頼むものは自分以外には決してあるものじゃない。物事は全て『腹八分目』でなければならない。」

「成功者と呼ばれるものは皆、困難な時期でもじっと我慢し続け、ほんの一瞬訪れた幸運を見逃さずにものにして見せる思い切りの良さを持っている。」

「一三は賭け事や投機を嫌った。運賃収入が増えることは分かっていても、阪急沿線に競馬場を作り計画に長い間反対し続けたのは、賭け事を嫌ったが故である。その反対に、資金繰りに困った経験からも電鉄や百貨店が『日銭商売』であり、一定収入が読めることに大きな価値を見出していた。彼の中には大胆さと細心さが見事に同居している。」

「一三は防火対策も徹底していた。彼に限って言いっぱなしはない。消火訓練も頻繁に視察に訪れたから、現場も気を抜くことなく訓練に熱がこもった。果たして間もなく隣の郵便局が家事を起こして全焼するという事件が起こる。阪急梅田駅は日頃の訓練のおかげで類焼を免れた。火事に集まったやじ馬たちは、『ほんまに阪急はんは運が強いな!』と口々に感心していたが、実際はこうした地道な努力の成果だったのである。最善の危機管理とは危機の発生を未然に防ぐことにある。危機が起きないから人々の耳目を集めず、発声を防いだ人間の知恵と努力も表に出ない。だが、優れたリーダーはそうした地道な仕事を日頃から黙々とやっているものである。」

何もないところに線路を引き、その線路の周りに「住宅」を作り、そして駅周辺には「百貨店」「劇場」等のエンターテイメントを作り、全体として成立するビジネスを構築する彼のやり方は、普通の人から見れば、すぐそこ(十歩先)にあるビジネスチャンスに対して、大きなリスクをとって一か八かの博打に勝利した結果のようにも見えます。

しかし、実際にはそれよりもずっと先(百歩先)までも見通す努力を怠らず、決して無理をせずにその見通しを基に着実な準備をすることによって、一般的な人には十歩先のものを手に入れる博打のように見えているだけなのではないか。

彼のように百歩先から十歩先までに引き戻すような芸当はとてもできるものではありませんが、私も経営者の端くれとして、少なくとも「現実くらいは見得る」ように努力をするなかで「十歩先」をうっすらとでも見られるような経営をしていきたいと思います。

 

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