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歩きながら考える

2025年6月29日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。

今回ご紹介するのはこのブログでも「漫画というメディア」という記事でご紹介した漫画「テルマエロマエ」の作者として有名な漫画家ヤマザキマリさんのエッセー「歩きながら考える」です。

この本が2022年というまだコロナ禍真っただ中で書かれた本であることを確認せずに読み始めたのですが、すぐにあのころの記憶がよみがえってきました。

私にとってはあのコロナ禍の三年間というのは、「人間」というものを深く考えなおす本当に貴重な時間だったなと思ってきたのですが、その考えなおした「深さ」の具合が、まだまだ全然足りなかったのだ、と思い知らされるほど本書で明らかにされている著者の考察は計り知れなく深いものでした。

冒頭で「あれから三年程度が過ぎただけなのにもかかわらず、あのころの日本の様子がまるでどこか別世界での出来事に感じられる」と書きましたが、本書の中で、コロナ騒動の再初期に、「コロナの陽性反応ができた女性が、『周囲に迷惑をかけた。申し訳ない』と自ら命を絶った」という報道に触れながら「モラル(世間体)」に関する考察をされている部分がありました。

その該当部分を以下要約引用します。

「さらに痛ましいのはこうした行動をとったのが彼女だけではなかったことです。地方都市では感染者の家に石が投げられたり、感染者の多い地域に暮らす子供が帰省したことでバッシングされるという例もありました。そんなことが起こってしまう社会においては、自らの命より世間の目が慮られてしまうというモラルが厳しく作用している証左に思えます。コロナ禍は、いわば群れの存続の危機です。群れを守るために倫理の拘束が強くなるのは、自然な流れなのかもしれません。しかし、ここで問われるべきは、倫理の拘束が強くなるのは自然な流れなのかもしれませんが、ここで問われるべきは、倫理の根拠や信憑性です。そもそもなぜ、私たちがその倫理に縛られているのか。その倫理は何が理由で生まれてきたのか。私たちがそのモラルの枠に自分を修めて生きなければならない条件とは何か。特に世間体という形もなく明文化もされていないものを、『これまでそうだったから』『周囲もそうだから』などのあいまいな理由で受け入れることに妥当性はあるのだろうか。今のような不確かな時代には根拠を把握しておくことがより大切だと思うのです。」

私は当時、コロナで亡くなった方が、家族と面会を果たせずにそのまま病院から火葬場へ直行させらるということを見聞きして、自分事のように悔しい思いをしたことをはっきりと覚えています。

コロナウィルスとは一体何なのか、それがどれほど危険なものなのか全く分かっていない最初期であればそれも仕方ないことだったかもしれませんが、コロナ禍開始から一年二年たった時点では、亡くなった方から感染することはないことが明らかになっていたはずなのに、そのような対応を続けていたその根拠は何だったのか、憤りながら疑問に思っていました。

そのようなことが続いてしまったのは、やはり著者の言うように、「倫理の根拠や信憑性」を確かめようとする知的な態度を持とうとする意識が日本全体で極めて低かったからなのだと思います。

ならばそれを反省し、次に同じようなことが起こった場合には違った姿勢をとることができるのかということになりましょうが、それもあまり期待できないように感じています。

なぜなら、当時の状況を作り出してしまったという事実に対する「検証」を日本社会全体として全くというっていいほど行っていないからです。

「検証」がなければ「反省」はできません。

本書における著者の主張は、まさにこの「自分の頭で考えて、判断を他人に頼らない」という姿勢からの日本社会に対する「叱咤」で貫かれていました。

そんな著者の姿勢が出来上がったのは紛れもなく彼女の生い立ちが関係していることは間違いなさそうです。

著者は、オーケストラのヴィオラ奏者であった母と指揮者であった父の間に生まれるが、父は間もなく亡くなり、数年後に母が再婚したため異父妹がおり、演奏やレッスンで家をあけがちだった母の留守を姉妹で待っていたという経験を持つ。14歳の時、母親がヨーロッパ旅行を予定していたところ仕事が入り、代わりに旅行に行くかと勧められあまり深く考えもせず、1ヵ月ドイツ、フランスを一人旅した。高校時代、母からイタリアに留学を勧められ、17歳で高校を中退して単身イタリアへ渡り、貧乏のどん底の中で美術史と油絵を学びながら11年間過ごした。その間に学生アパートの隣室イタリア人詩人と交際、11年の同棲後に妊娠、それを機に詩人とは別れ、シングルマザーとなる。その後、日本に帰国し、漫画家デビューも、大学でイタリア語講師を務める。その後、現在の夫であるイタリア人文学研究者と結婚し、シリア、イタリア、ポルトガルそしてアメリカと世界を転々とする。2008年より連載を開始した「テルマエ・ロマエ」が大ヒットし、長年イタリアに在住し、芸術家としてイタリアの文化やイメージの普及に貢献した人物としてイタリア星勲章コメンダトーレ章を受章。イタリアと日本を行き来しながら、鋭い視点が光るTVのコメンテーターとしても活躍し現在に至る。

私はここまでの経歴は本書を読むまで知りませんでした。

彼女のTVでのコメントの鋭さに「特別な何か」を感じてはいましたが本書を読み、そしてこの経歴を知ることで完全にその「特別な何か」に納得せざるを得ませんでした。

「かわいい子には旅をさせろ」「若いころの苦労は買ってでもしろ」

このような言葉の真意を心の底から理解できたことが本書からの最大の収穫でした。

 

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