
聞こえるはずが聞こえない発音
2025年6月6日 CATEGORY - 代表ブログ
皆さん、こんにちは。
少し前にご紹介した「日本語の大疑問」が非常に面白かったので、その続編があると知り、「日本語の大疑問2」をすかさずアマゾンでポチってしまいました。
全書同様、非常に興味深い内容が満載でしたので、本書からもいくつか厳選してご紹介したいと思います。
第一回目の今回のテーマは、「聞こえるはずが聞こえない発音」です。
といっても何のことかさっぱりだと思いますがこういうことです。
私が主宰する「文法講座(快速5泊コース)」には20分で「発音記号」ほぼ完ぺきにする特別講座という付録的なレッスンがあるのですが、その中で「ʒ」と「ʤ」の「発音の違いが分からない問題」というものを取り上げています。
「ʒ」という発音は、shipなどのshの発音である「ʃ」を抵抗を高めた(濁)音です。
カタカナで英語の発音を表記することをしたくないので発音記号を教えているのですが、理解を促すために仕方なく限定的に使用しますが、「ʃ」はシュですので、それに濁音をつければ、ジュです。
「ʤ」という発音は、chairなどのchの発音である「ʧ」を抵抗を高めた(濁)音です。
同じく、「ʧ」はチュですので、それに濁音をつければ、ヂュです。
日本語は、ヂュという表記はしないことになっているので、結局どちらも「ジュ」と表記し(地面の地は土地の地なので本来は「ぢめん」となるはずが私たちは「じめん」と書くことがその証拠です)、そもそも違く発音だったものがそれぞれ抵抗を高める(濁音をつける)と同じ音になってしまいます。
しかし、英語の発音ではそれが違う発音とされているのです。つまり、日本人にはその違いが分からないけれども、英語圏で育った人にはその「ʒ」と「ʤ」の違いが分かるというのです。
例えば、judge【dʒʌ́dʒ】とpleasure【pleʒər】におけるジャッジとプレジャーの「ジャ」は私たち日本人には全く同じに聞こえますが、英語圏の人にとっては異なる音に感じられているということになります。
ですから私は、「この違いは私たち日本人はあきらめるしかないので、【ʒ】も【ʤ】もどちらも『ローマ字のjっぽい音』だと思うしかない」という指導にとどめています。
このように、理屈で教えることができない非常にもどかしい部分ではあり、不完全燃焼感が残るのは否めずにいました。(小さいころからその違いが存在していないものだと思い込まされている日本人と、異なるものだという認識を前提に生きてきた英語圏の人々の違いだから仕方がないのですが。)
このことを本当に仕方がないことだと思える「証拠」が本書にありましたので以下に該当部分を引用します。
「出雲地方の方言では単語の最初の『エ』は、共通語の『イ』に近い音になります。その結果。『駅』と『息』がとても似た発音になりますが、出は方言の話し手はこの二つの単語の発音をはっきり区別しています。他の地域の人には同じ発音をしているように聞こえても、出雲地方の人には全く別の発音に聞こえているのです。」
正直、私自身全く実感することができないことなので、本当にその違いが存在しているのか確信が持てずに仕方なく上記の説明を講座内でしてきたのですが、本書のこの指摘を目にして、今後はもう少し確信をもってその「仕方なさ」を伝えることができる気がしてきました。