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誰も書けない「コロナ対策」のA級戦犯

2021年12月22日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。

多くの国で新型オミクロン株の感染拡大が進む中、なぜか日本は平静を保っていますが、その理由に対して合理的な説明をしてくれる専門家がほとんどいないという事実がある以上、世の中は楽観できる状況にないようです。

そんな世情の中で、今回ご紹介する「誰も書けない『コロナ対策』のA級戦犯」は、以前ご紹介した「ゼロコロナという病」という本の共著者で、日本の「コロナ専門家」と呼ばれる人たちが主導する「コロナ対策」のバランスの悪さを痛烈に批判された元厚生労働省医系技官 木村盛世氏の新刊本です。

本書のタイトルの中にある「A級戦犯」とはもともと、第二次世界大戦後に行われた東京裁判において、A.平和に対する罪、B.(通例の)戦争犯罪、C.人道に対する罪の三つの戦争犯罪のうちの 「A.平和に対する罪」を犯したとして断罪された戦争犯罪人の略称です。

そして、A級戦犯として起訴された28名のうち7名が死刑となり、また極東国際軍事裁判所条例においても「重大戦争犯罪人」として明記されたことからも分かるように、最も重い罪に問われた人々を指します。

このような呼称をタイトルに含めていることからも分かる通り、著者の「コロナ専門家」と呼ばれる人たちに対する本書での批判は前著ににも増して痛烈なものでした。

このような批判の根拠は、感染者数の増加のみを基準に無計画に「行動制限」の実施を勧告する分科会とそれを丸呑みする政府のやり方が「感染症の原理原則」に完全に反しているという事実です。

著者の言う「感染症の原理原則」とは、「感染は一定程度拡大(ワクチンの普及も含む)しなければ収束することはない」というものです。

つまり、「感染ゼロ」を目指すような政策では決して感染症の拡大を収束させることはできないということです。

このことを前提にした著者の主張は以下のようなものになります。

「『感染は一定程度拡大しなければ収束することはない』ということならば、『行動制限』の実行は無意味なのかといえばそうではありません。当然そのウィルスの性質がどういうものであるか分からない初期の段階ではもちろん『行動制限』の実行は必須です。また、ワクチンの開発や医療体制を整える前に爆発的な感染が起きることは医療崩壊につながるため時間稼ぎという意味で『行動制限』を継続することも必要なことです。しかし、あくまでもそれはそのウィルスの毒性の強弱の把握、ワクチンや治療薬を含む治療方法のある程度の確立までの時限的なものとして計画されるべきものです。そして、それらの確立に必要なのは客観的データの収集と分析です。今までの日本の『コロナ対策』はそのようなデータの収集と分析を全くと言っていいほど行わず、日々の感染者数を単純に垂れ流した結果としての国民の不安の高まりに対していつまでも散発的・無計画に『行動制限』を実行することに終始してしまいました。また、水際対策も同じことです。検疫法ができたのは国際的な移動がほとんど船でのみ行われていた1951年当時であり、現在の様に48時間以内に世界のどこにも移動できることを前提としていないため、『水際対策』を成功させることは絶対にできないことが分かっています。にもかかわらずそれを行うのは、『隔離期間のうちに何らかの準備をするため』つまり、時間稼ぎが目的なのです。ですから何のための時間稼ぎなのかという目的がはっきりしていない状態での『水際対策』は無意味です。このようにどこまでも『ゼロコロナ』の議論に終始する日本においては医学だけでなく統計学や社会経済的分野を含めて社会全体の医療保険を扱う概念である『パブリックヘルス(公衆衛生)』の概念が欠如していると言わざるを得ません。実際に日本での新型コロナは『さざなみ』で済んでいるからいいものの、今後感染率も致死率もずっとコロナよりも大きなウィルスの猛威にさらされたときのことを考えると、このような状態を放置するわけにはいかないのです。(一部加筆修正)」

今現在、冒頭で言及した通り、多くの国で新型オミクロン株の感染拡大が進む中で日本だけが平静を保っているという好ましい状況であります。

にもかかわらずデータの収集と分析の怠慢によってその原因が分からないため、このような好条件でありながらもただ不安だけが先行し、圧倒的に悪条件であるはずの国々よりも経済回復が遅れているという状況を作り出してしまっています。

この日本の状況を考えると、著者が彼らを「A級戦犯」呼ばわりしながら痛烈に批判するのも大いに理解のできることのように思えます。