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頭のいい子は「習慣」で育つ

2020年5月12日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。

一流の人間はどんな分野であっても、本質は外さないものだということを理解させられる本を読みました。

学生時代に小さな塾をはじめ、自ら「2か月で偏差値20上がる」とうたわれる一流の講師としてだけでなく、その塾を上場企業として東京都最大の塾に成長させる一流の経営者としても活躍される株式会社学究社の社長 河端真一氏による「3万人を教えてわかった頭のいい子は『習慣』で育つ」です。

「受験」という結果がすべての世界で継続的に成果を残すためには、本来あるべき「教育」の形を一旦横において、最も効率的にその「合格」という結果に結びつけるかという競争に身を置かなければならないというのが、常識的な流れでしょう。

つまり、テクニックを重視し、その生徒の人間性よりも学力向上に優先順位を置く指導というものに目が向いて当然だと思います。

しかし、本書において著者は、自らが身を置く市場を「受験」市場としてでなく、「教育」市場という設定をすることで、その市場の本質を外さない姿勢を示されているように思いました。

そのことを強く印象付けられた一節を以下に引用したいと思います。

「子どもが『学校の授業はつまらないから行きたくない』と言ったら、保護者としてどう答えるべきか。『つまらなくても我慢していくべし。』が答えです。大学時代、夜更かしをして授業に遅刻したり、時にはさぼったりと、だらしない生活をおくっていた学生も、社会に出たら毎朝きちんと起きて会社に向かいます。そうしなければ会社員として社会人としてやっていけないからです。」

「東大A判定で調子に乗っている生徒がいました。私はその子に授業中に、『〇〇は死んだ方がマシだ』と言い放ちました。彼はショックを受けていましたが、その後はまじめに勉強に取り組むようになりました。私がそのような言葉を投げかけたのは、強固な人間関係があったからです。東大確実の彼は家では厳しくしてくれる人はいません。だから思い切った言葉をガツンとぶつけたほうが彼のためになると思ったのです。これが私の考える『教育』です。受験の合否や成績の浮き沈みなんて長い人生から見れば小さな波でしかありません。」

昨今の日本社会の流れは、その反対を行っているように思えてなりません。

「子どもを否定しない」「パワハラを避けるため強い指導はしない」

これって、正直なところ、大人の「責任回避」の姿勢の表れだと思うのです。

なぜなら、社会とは、最初は当然のように「否定」され、「パワハラ」(強い指導)が当たり前に行われる場所であり、子どもは成長すれば、その社会に出ていかなければならないからです。

その時にも対処できる能力を養うことを著者は「小中高の基礎教育の役割」だと言っています。

「子どもを否定しない」「強い指導をしない」ことを当たり前のこととして、免疫力のまったくない状態で社会の厳しさに彼らを送り込むことこそ、私は虐待に近いことだと思います。

ただ、私はその社会も同じように「責任回避」の姿勢を示していると思うのです。

「就職活動」を例にとりますが、日本企業の多くは、これからは「自らが考えられる人材」「差別化された人材」を求めると言っているにもかかわらず、就活生が一律に黒のリクルートスーツに身を固めてくることに対して、それを良しとする姿勢をいつまでも堅持しています。

いや会社としてそのような考えは持っておらず、就活生が勝手に忖度しているだけだと言われるかもしれません。

しかし、ここまであの異常な光景が続いているということは、実のところ「自ら考えて」その習慣に反する行動をとる人間を排除しているのと同じことではないでしょうか。

著者のように「受験」という産業において業をなしている立場であっても、「教育」の視点から目をそらさずにあるべき主張をしながらも、結果を残す経営者でありたい。

そう思わせていただいた一冊でした。

 

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