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「ゼノフォビック」について

2021年7月26日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。

日本中、いや日本にとどまらずアメリカを含めて大谷翔平選手の活躍に熱狂が続いていますが、そんな熱狂に一瞬だけ水を差しかねないニュース記事がありました。

そのタイトルは「大谷翔平は英語を話すべきか」です。この記事を以下要約します。

「米スポーツ局ESPNの著名アナリストのスティーブン・A・スミスは7月12日、ロサンゼルス・エンゼルスの大谷翔平選手が英語の通訳を介してメディアと話すことを好むことは、『ゲームに悪い影響を与える』と発言した。しかし、他のジャーナリストたちは、彼の発言がゼノフォビック(外国人嫌悪)であり、不適切だと指摘した。スミスは、メジャーリーグがテレビの視聴者数や球場での観戦者数を伸ばしたいと考えている中で、『野球の顔である選手が、通訳を必要とするような人物であることは、助けにならないと思う』と述べた。彼はさらに、スター選手を通訳に頼らせることで、彼らがアメリカ人と親密な関係を築くための能力が損なわれると主張した。」

その後、スティーブン・A・スミス氏は自らの発言が不適切だったとして正式に謝罪したという記事も出ました。

今回の記事で私が取り上げたいのは、聞きなれない「xenophobic(ゼノフォビック)」という英単語に対する訳語の是非についてです。

「xenophobic」とは、語源はギリシア語の「xenos(見知らぬ人)」という言葉に「phobia(恐怖症)」という言葉を加えさらに「ic」形容詞化するための接尾辞を加えたものです。

このことを前提に考えると、私はこの記事の原文にあった「xenophobic」にこの日本語記事にあるように「外国人嫌悪」という言葉を当てることに大きな違和感を感じます。

スミス氏が、大谷選手が英語を話さず、通訳を通してのコミュニケーションに徹することによって、大谷が伝えたいことの本心が直接伝わってこないことでアメリカ人が不安になり、その結果として「アメリカ人と親密な関係を築くための能力が損なわれる」と伝えているととらえられるからです。

つまり、スミス氏を批判した他のジャーナリストも、「xenophobic」という言葉を使ってスミス氏を批判している以上、スミス氏が大谷を「嫌悪」していると思っているわけではなく、直接大谷の言葉を聞くことができないことから「不安(そしてそれが大きくなった恐怖)」が生じたことで、大谷のアメリカ人との信頼関係構築の能力を低く評価した点を批判しているととるべきでしょう。

言ってみれば、スミス氏は大谷に対して、「もっと私たちアメリカ人に直接話しかけて仲良くなってください」とお願いしているわけです。

であるなら、今回のスミス氏の大谷批判に対して再批判するために他のジャーナリストが使用した「ゼノフォビック」という言葉の意味と、日本人力士よりも理路整然とした素晴らしい日本語を話すモンゴル人力士をいつまでも外国人力士としてしか扱わない日本人の「外国人嫌い」という言葉の意味とを一対として認識してしまっては、スミス氏が少し不憫すぎるように思えます。

これは文化的隔たりがある言語間での翻訳は注意が必要だという典型的事例だと思います。

 

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