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不機嫌は罪である

2018年9月26日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。

このブログではお馴染みの齋藤孝教授の新刊を読みました。

タイトルは「不機嫌は罪である」です。

齋藤教授はまず、不機嫌の本来の機能を「不快な感情を表情や態度に表すことで速やかに情報伝達すること」と定義しています。

ですから、本来の意味で言えば、例えば取引先で交渉に不利になる情報を部下が相手に明かしそうになった時に、「君!」とムッとした顔をすることなどは、取り返しのつかない状況を未然に防ぐために必要なコミュニケーションの方法であると言えます。

ですが、齋藤教授は現代人の不機嫌の大半は、この不機嫌の本来の機能である突発的な情報伝達という目的から完全に逸脱しており、ただ行き場のない「慢性的な不機嫌」をまき散らしているだけのものだと指摘します。

つまり、不快であることを相手に伝えても事態は何も解決しないことが明らかなのに、敢えて相手が確実に不快になる身体・言語表現を行って、相手の精神を消耗させる「不機嫌」があふれているということです。

しかも、それは相手の精神を消耗させるだけでなく、結果的に自分の精神も知らず知らずのうちに消耗させるという負のスパイラルを作り出します。

実は、今でこそ温和で論理的な齋藤教授ですが、自信が若い頃は思い描いたキャリアを積むことができず、行き場のない「慢性的な不機嫌」を周囲にまき散らしていたと言います。

その負のスパイラルから抜け出すために様々な努力をされ、上機嫌の「技術」や「心得」を身に付けられました。

本書では、それらを丁寧に紹介してくださっていますが、私がその中で最も重要だと思った心得が、「あなたが上機嫌になれば、周りも上機嫌に変わっていく」というものです。

その部分を以下に引用します。

「その時々の気分で揺れることなく、常に安定した上機嫌の心持を維持継続して物事に対応できる人は、円滑にコミュニケーションができます。コミュニケーションを通じて周囲にも良い効果を及ぼすことができ、結果的に自分の気持ちもさらに向上します。『上機嫌は人のためならず』。周囲の不機嫌に悩んでいる人、コミュニケーションの取り方に悩んでいる人こそ、上機嫌の効能に助けられるはずです。私自身、青年期に『不機嫌な時代』を過ごしたことで不機嫌の罪深さと上機嫌の威力を身に沁みて知ることができました。ぜひ、上機嫌の作法を学んでいただければと思います。」

ご自身が、かつて「不機嫌な時代」を過ごし、その罪深さが身に沁みてらっしゃるからこその「不機嫌は罪である」という本書のタイトルなのだと理解しました。

かなり罪深い私としては、そこまで辛辣な言葉を使う気にはなりませんが、すくなくとも、上機嫌は、社会の中で生きていく上での最低限のルールであり、それができないということは、社会へのタダ乗りと同じではないかくらいには感じています。

ですので、常に自分自身が社会へのタダ乗りしそうになったら、この「不機嫌は罪である」という言葉を思い出そうと思います。

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