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制度変更の本質

2013年10月24日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。

大学受験を経験した者にとっては、かなり衝撃的なニュースがありました。

センター試験廃止へ

という大ニュースです。

センター試験は、国立大学志望者の第一次試験的な役割を果たすだけではなく、最近では独自の試験を作成するのを放棄して、これを活用する多くの私立大学が増えている状況です。

そんなこともあってか、日本の知識偏重の受験産業界の悪の権化のようにみなされることもしばしばでした。

英語という科目に関しては、私もランゲッジヴィレッジという事業を営んでいる中で、日本人の英語がダメダメな理由を現在の受験システムに求める部分もあります。

そして、英語は数学や物理のようなアカデミックサブジェクトではなく、美術や体育のような、描いてナンボ、動いてナンボ、そして話してナンボの科目にすることで英語を使える人間を増やすことになるという持論を展開しています。

しかし、英語以外の日本の受験システムについてはそう強く批判すべきものではないと思っています。というよりは、むしろ日本のセンター試験の受験システムは世界中で最も「フェア」なシステムだと思います。

どんなに裕福な人も、そうでない人も、そのテスト一発の成果のみで判断されるというシンプルさ。

どんなコネを使っても、結果に対して影響を与えることはできないというこれ以上ないフェアさ。

ここまでシンプルさとフェアさが徹底された仕組は世界中探しても、おそらく日本のセンター受験(とそれに続く、国立大学の二次試験)しかないのではとさえ思います。

今回のセンター試験廃止案というのは、そのフェアさを「1点を争う競争から、人物本位の選抜への転換」という錦の御旗の下に覆すというものです。

具体的には以下のような変更を考えているようです。

(1)現行のセンター試験を「達成度テスト(仮称)」に改め、基礎テストと発展テストに分ける
(2)基礎テストは高校2年から複数回受けられ、大学の推薦・AO入試と併用できる
(3)発展テストの結果は1点刻みではなく幅をもたせて段階的にランクする

一発勝負で運に左右されるセンター試験と違い複数回受験できる「達成度テスト」として、その中から一番良かった成績を大学受験時に利用できるという意味で、受験生にとってチャンスは広がるといえる内容のようです。

しかし、意地悪く考えれば、何度も受けて一番良い成績を利用するというのは、その試験の評価の方法にもよると思いますが、非常にアンフェアな状況を生み出すことにもなるような気がします。

例えばその試験結果を偏差値的に評価するのであれば、たまたまその試験を受けた母体に影響をされますし、絶対点で評価するのであれば、その問題の難易度にも影響をされます。

また、試験の範囲は、「高校3年間分すべて」というシンプルであったものに対して、複数回受けられるとすれば、それぞれの実施回によって試験範囲自体が変わってくるということも考慮に入れる必要も出てくるとすれば、より一層、それぞれの結果を同一の条件で利用できるとすることはいかがなものかということになってきます。

このようにアンフェアな前提のもとに、複数回受けられ、一番良かった成績を利用するというようなことは、現在の世界で最もフェアな評価に勝るメリットがあるのかといえば、非常に大きな疑問が残ると思います。

ここ10数年という短い期間において、ゆとり教育の導入と廃止に伴う教育内容の頻繁な変更、英語教育の小学校への導入など、非常に大きな変更が起こっていますが、それらの変更が現実に即した議論をもとになされたとは到底思えない結果をもたらしています。

今回の「センター試験廃止へ」の動きについてもそのような結果にならないようにしっかりとした対応をお願いしたいと思います。

 

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