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石田徹也展に行ってきました

2015年2月11日 CATEGORY - 代表ブログ

飛べなくなった人

 

 

 

 

 

 

 

皆さん、こんにちは。

ランゲッジ・ヴィレッジ内に鈴木雅博、佐野剛&楠本惠子美術館(作品鑑賞は こちら からどうぞ)が設けられてから芸術作品を意識することが多くなりました。

静岡には 静岡県立美術館 という素晴らしい美術館があります。その中にロダン館というロダンの作品を集めたセクションがあり、「考える人」や「地獄の門」などが常設展示されていて、普段からそれらの作品に身近に触れることができます。

今回は、このロダン館が目的ではなく、静岡県焼津市出身の画家、石田徹也氏の作品展を目的に行ってきました。

石田徹也氏は、遊園地の遊具や便器など社会に存在する身近な物体と人間を組み合わせて時に辛らつに時にユーモラスに表現しながら、現代人の心の奥底に潜む「痛みや悲しみ」を描いた作家です。

燃料補給

 

 

 

 

 

 

 

冒頭や上のような作品は非常に見るも者の目を引き、異様ながらも社会に対して鋭く問いかけるような迫力があります。実際に生で作品を見るとその印象はより強くなります。特に、上の作品は「燃料補給のような食事」というタイトルですが、私自身、東京で一人暮らしをしていたときの牛丼店での一人さびしい食事を思い出さずにはいられませんでした。

今回の企画展では、彼の作品を年代を追って紹介し、その作風の変化を感じることができるようになっていました。

遺作

 

 

 

 

 

 

 

 

この作品が彼の遺作なのですが、上の二作品と比べると明らかに作風が変わっています。(彼は新進気鋭の画家として、世間に注目され始めた矢先に2005年踏み切り事故で31歳の若さで亡くなっています。)

この作風の変化について彼の言葉が残っています。

「二年くらいまえから意味をやめてイメージで描いている。メッセージとかあると何か違うかなと感じて、、駅前で拡声器でわーわー言ってるのと変わらないのかなって思っちゃって、、。うーん、自分の狭い視野で押し付けてるような。何だかイヤになって。」

私としては、この作家らしさは、前の作風に現れているものだと思いますし、その魅力もその中にあるのだとは思います。しかし、表現者としての作家本人としては、そのポイントは違うところに移ってきていたということなのかもしれません。

とはいえ、この作品を仕上げて亡くなった(この作品にはまだマスキングテープがはがされていない部分のあったので、未完の作品だと言われているようです。)ということは、自分の視野を作品を見る者に対して押し付けることから完全に解き放たれたのだと言えるのではないでしょうか。

芸術家のはかなくも、底知れぬ魂の深みに触れたような気がしました。

 

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