代表ブログ

萩生田文科相の「身の丈」発言

2019年11月1日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。

2020年の大学入試改革における英語民間試験導入に関するニュースを継続的にご紹介してきましたが、前回の記事にて、文科省の強制的とも思える強い要請にこたえる形でついに各大学の民間試験の利用の有無が明らかにされたことについて書きました。

先日(2019年10月28日)、この問題に関するテレビ番組において、萩生田文科大臣の発言が物議を醸すこととなりました。

この件に関する日経電子版の記事を以下に要約します。

「萩生田光一文部科学相は28日、2020年度に始まる大学入学共通テストで導入される英語の民間試験に関して『身の丈に合わせて勝負してもらえれば』とテレビ番組で発言したことについて、『国民や受験生に不安や不快な思いを与えかねない、説明不足な発言だった』と謝罪した。萩生田氏は24日のBSフジの番組で、受験生の居住地や家庭の経済状況で不公平が生じる懸念について『裕福な家庭の子がウオーミングアップできるようなことがあるかもしれないが、身の丈に合わせて2回をきちんと選んで勝負して頑張ってもらえれば』と述べていた。」

私はこの発言を聞いて、萩生田大臣のこの問題に対する理解は完全にポイントをずらしてしまっていると感じました。

確かに受験生の居住地や家庭の経済状況で不公平が生じるという懸念については、受験全体をとらえると、現在においても生じているという考えは成り立ちます。

例えば、現状でも「予備校」や「塾」に通わせる余裕のある家庭の子供かどうかですでに不公平は生じているわけで、萩生田大臣はそのあたりのことを前提に、「仕方のないこと」としてこの発言をされたのかもしれません。

しかし、今回の問題はこのような「受験全体」の不公平さの問題ではなく、「大学入試共通試験」という制度の不公平さに関わる問題です。

実際、現時点においては、どんな裕福な家庭出身の受験生でも、「センター試験」の本番を何度も受けて、一番いい結果を提出することはありえません。

ですが、2020年より実施予定の英語民間試験の利用制度ではそれが可能となってしまいます。

そもそも、この問題の根本は大学入試センターが「会話力」という本来テストでは把握することが難しい能力の測定を外部に丸投げしてその試験に対する責任を放棄していることにあると考えます。

この能力の測定の難しさについては、私は何度も指摘してきました。そして、それは「大学入試共通試験」のような一斉試験で測定できるべきものでも、するべきものでもないと主張してきました。

「会話力」の測定を大学側が必要とするならば、各大学の二次試験で、自分の大学のリソースを使って必要に応じてすればいいのです。

私は、この問題の本質は、文科省に「会話力」の測定というものに対する理解がないことだと考えます。

この問題の解決には、もはや野党が主張する「延期」ではなく、この問題の本質をとらえた議論を経た「廃止」が必要であると私は考えます。

 

◆この記事をチェックした方はこれらの記事もチェックしています◆