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AI時代には「精神のマラソン」こそが大事

2026年7月5日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。

AI時代の「人間の仕事」について、今まで様々な見通しについてこのブログでも見てきましたが、これまでのところ「10年後に食える仕事、食えない仕事」の記事で見たように、

「来るべき未来の姿は、AIがすべて人間に取って代わり、尚且つより良い仕事をすべてこなしてしまうということではなく、AIの強みを最大限に引き出すことで、AIやそれを搭載したロボットが執行できるレベルのものはそれらにやらせ、人間の強みをそのAIと組み合わせることでどちらか単体よりも人間にとってよりよい結果を手にすることだということです。」

という見方で一応私の中では決着をつけています。

ただ、では「人間の強み」とはいったい何なのかという点で、様々な考えが交錯しているのが現状であり、それをズバッと言い当てているものとしては、少し前にご紹介した「メタスキル」などがありますが、めったにお目にかかることはできません。

今回は、運よく「人間の強み」となりうる部分に言及した記事をクーリエジャポンにて見つけましたので以下、該当部分を要約引用します。

「AIが急速に普及してからというもの、多くの有識者が『AI時代に生き残る人材』についての自説を展開してきた。そんななか、米誌『アトランティック』の著名なコラムニストであるデイヴィッド・ブルックスは、『知性が豊富にあるとき、意志には価値がある』と言う。違いを生み出すのは、楽をしようとして、受動的にAIを使って仕事を減らそうとする人々ではない。向上を求め、能動的にAIと格闘して自分自身の精神的能力を開発し、より多くのことを成し遂げようとする人々だ。言い換えれば、人々を差別化するのは、どれだけ頭が良いかではなく、どれだけ精神的な努力を続けられるか、なのだ。認知欲求が高い人は、深く考えることを好み、複雑なゲームをプレイしたり、難解な本を読んだりするのを好む。反対に、認知欲求が低い人は、深く考えることを嫌い、なんとかしてそれを避けようとする。彼らの中間、つまり中程度の認知欲求を持つ人々は、本当に大切な局面では努力を惜しまないが、本質的にそれを楽しんでいるわけではない。これは、これからのAI格差は『頭の良さ』ではなく、『思考への意欲』で決まる、もっと言えばそれを維持し続ける『精神のマラソン』を楽しんでできるかどうかで決まるということを示唆している。」

これ、すごくよく分かります。

というのも、私は子供のころ授業を受けているときに「なぜそうなる?」と思い始めると、もうその疑問から頭が離れず、それを一旦受け入れ記憶することが極端にできなくなってしまう質でした。

大学受験くらいまでですと、まだ教師に質問をするとか、それでも分からなければ自分で調べるとかいう形でなんとか解決し、次に進むということが可能でしたが、公認会計士の資格試験に挑戦したときなどは、もはやそれが許されない分量と情報処理能力が必要となり、どんどん未解決事項が積みあがり、知識を一旦受け入れることも記憶することもできなくなって最終的にドロップアウトしてしまいました。

その意味で言うと、私は少なくとも興味を持った一つのことへの「思考への意欲」だけはあったのかなと思います。

ですので、この「思考への意欲」が「人間の強み」に直結するかもしれないというこの記事の指摘は、完全アナログ人間として今後のAI全盛時代への見通しに自信を失っていた私をとても勇気づけてくれるものでした。

今後も、資格試験のような短距離走ではなく、生きている限りあらゆる分からないことに対して「なぜ」を繰り返す「精神のマラソン」を楽しめる人間であろうと心に誓いました。

 

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