
フォニックスってなんですか? #239
2020年5月14日 CATEGORY - おすすめ書籍紹介
【書籍名】 フォニックスってなんですか?
【著者】 松香洋子
【出版社】 松香フォニックス研究所
【価格】 ¥1,800 + 税
【購入】 こちら
私は、日本人を「英語を使える」ようにする上で「発音」の重要性をかなり低く位置付けています。
ただ、その重要性をゼロとまでは考えておらず、文法を習得することによって「文脈」を自分で作れるようになったら、英語話者が理解できる必要条件を満たしたボリュームだけを過不足なく的確に覚えることを重要視しています。
ちなみにそのボリュームは私が主宰する「中学三年分の英文法を血肉にする講座」の30分程度の一コマでマスターできるくらいのものです。
ですが、それはこの講座に参加する生徒さんがある程度の分量(中学二年程度)の英単語を頭の中に叩き込んだ経験があることを前提としています。
しかし、この前提は今だからこそ大したことないものに思えますが、中学一年で初めて英語に触れた時には私を含め多くの人がとても恐ろしいことだと思ったはずです。
「morning」「orange」などのように、英単語はアルファベットが「モーニング」「オレンジ」という日本語で覚えている英語の発音とはかなり異なった形で並んでいるものを、これから何千種類とひとつひとつ覚えなければならないという事実を知った時の絶望感を私は決して忘れません。(笑)
本書で著者は、「フォニックス」とは英単語を覚え始める前に、英語の綴りと発音の対応ルールを体系的に覚えることで、その絶望感を抱かせないようにするためのものだと述べられています。
著者はこの「フォニックス」を日本に広めるべく長らく活動されているだけあって、本書は非常に分かりやすくまとめられています。
そして、著者の活動の意図も明確に上記の絶望を日本人の子供たちに抱かせないで、スムーズに英語の世界にいざなおうとする素晴らしいものだと思います。
ただ同時に、この活動がなぜもっと大きなものにならないかという理由も本書を読むことで分かってしまった気がするのです。
それは、フォニックスのルールには非常に大きな弱点があるからです。具体的には、フォニックスの「英語の綴りと発音の対応ルール」が、70%程度の対応にとどまるという事実です。
ただでさえフォニックスのルールは、数が84もあり、しかもそれぞれがそれなりに複雑なものであるため、小さな子供にそれを教えようとすること自体大変なことです。それを頑張って教え、子供も何とか習得したとしても、「でもこのルールは70%だから残りの30%の例外は丸暗記してね。」ということになってしまうのです。
例えばこんな感じです。
a:本書では appleの【æ】とされていますが、already【ɔ】、among 【ə】、 arm【a】もあります。
o:本書ではoctopusの【a】とされていますが、old【o】、or【ɔ】もあります。
u:本書では umbrellaの【ʌ】とされていますが、urgent【ə】もあります。
なぜこのような例外が多く存在するのかの原因については、英語の歴史に関する以前の記事で「聖書が活版印刷で英語に翻訳されて広まった時に綴りが固定されたけれども、その後発音は変わり続けたから」という説明ができます。
もし100%対応しているのなら、フォニックスは間違いなく日本人、いや世界中の英語学習者のスタンダードになるべきものだったでしょう。
つまり、これは、私が中学一年の時に感じたあの「絶望感」とこのフォニックスの「困難性と不完全性」を天秤にかけた結果だと言えるのではないでしょうか。
私を含め、フォニックスなしで英単語を覚えた多くの日本人は、あの絶望を味わい、それを乗り越えるためにいろいろ試行錯誤して自分なりの「ルール」すなわち「オリジナルフォニックス的なもの」を自分で編み出すことで記憶しているから英単語が頭に入っているはずなのです。
とはいえ、フォニックスは70%のルールを体系的にまとめたものであるので、これを大人が頑張って体系的に教える術を身に着けて、英単語に触れる前の子供たちに効率的に教える仕組みを確立すれば、私たちのような「絶望」を一瞬でも味わわなくても済むのではないかとも思いました。
先日、「うちの子の小学校英語の教科書」という記事を書きましたが、その記事の中で、
「私は、百歩譲って『小学校英語』に意味を見出そうとするならば、(『小学校英語』でこんなひどい教科書を使わせるのではなく)まだ音声感覚が固まり切っていない小学生の感覚を最大限に活用した『発音』指導ぐらいしかないと思っていましたので、これは本当に残念なことです。」
と感想を述べました。
英語を教えることを前提として教師になっていない小学校の先生に対して、「英語」という大きなフィールドを小学生に教えるというあまりに高いハードルを突き付けるくらいなら、この「フォニックス」の理論だけを徹底的に研修して、「発音(と綴り)の教育」の専門家になっていただいた上で、小学校英語では中学校英語の準備教育として「発音(と綴り)」の70%ルールを自信をもって教えていただくほうがどれほど意味のあることになるか。
本書を読むことでそんなことを考えさせられてしまいました。