
英語教育はなぜ間違うのか #83
2014年10月31日 CATEGORY - おすすめ書籍紹介
【書籍名】 英語教育はなぜ間違うのか
【著者】 山田雄一郎
【出版社】 ちくま新書
【価格】 ¥720 + 税
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この本では、英語教育の前の段階、すなわち「国際化とは何か」というマインドセットの部分で非常に重要な点を明らかにしています。
そのそも日本人は「国際」という言葉をあまりにあいまいに理解しているのではないかというのが、著者が最初に指摘する日本人の問題点です。
その例として以下のような話を挙げています。
「かつて日本のある総理大臣が『これからの日本は国際化に向けて努力しなければならない』という意味のことを述べたことがある。これを聞いたイギリス人の友達が、『何を言いたいのかよく分からない』と感想をもらした。私を含めて日本人の多くはこの言葉を何気なく聞き流すような気がする。『国際化に向けて努力する』ー具体的に何をどうするのかは分からなくても、兎に角、日本と日本人の(自らを英語文化圏に合わせる)努力が求められているのだと漠然と解釈して済ませるのではないだろうか。」
そして、続けて
「国際とは、互いの関係である。一方が出向いて行って何かをするということではない。国際化とは、何かを共通の土俵に上げるという意味で、自分をそこに送り出して値踏みを求めることではない。『国際化』は『自動車市場の国際化』とか『国際化する石油戦略』という風に用いるべきもので、単独では具体的な意味にならない言葉なのだ。にもかかわらず、先述の総理大臣は単に『国際化』というのである。つまり、私たち日本人はなんとなく、ここでいう「国際化」すべきものは、日本であり日本人であるということだということを理解している。このことこそ、日本における『英語』と『国際交流』の不用意な結びつきが、この漠然とした解釈にどこかで関係している証拠なのではないだろうか。」
(中略加筆修正)
以上のように、著者はそもそも「国際化」と「英語」がこうも固く結びついていることもおかしいと考えています。
この結びつきこそ、「欧米文化とは異質の極東の民である日本人は、そもそも欧米文化に後れを取っていて、そのギャップを埋めることが『国際化』であり、そのためには英語が不可欠だ」という固定観念です。
この固定観念を打破すること、すなわち「国際化」の概念を日本人が素直に受け入れることができれば、当然のことながら無批判に「国際化=英語」などということになるわけもなく、言語は日本と世界のを共通の土俵に上げるという「国際化」の一道具に過ぎないと捉えられるようになると考えています。
そうなれば、日本人が他の国の人たちと同じ土俵の上で何かをする(すなわち「国際化」)必要が生じた場合に、仮に英語が必要となれば、英語を、そして中国語が必要となれば、中国語を学べばよいということが自然体でできるようになるはずなのです。
つまり、英語に日本人が使われてしまうのではなく、日本人が単なる道具である英語を必要であれば使うと言う当たり前の姿勢をとるということです。
このようなマインドセットを学校教育の中できちんと行った上で、学校教育における外国語教育を再構築することが、日本人の英語が間違わないようにすることだと強く感じました。
文責:代表 秋山昌広