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不老不死は幸せか

2016年6月24日 CATEGORY - 代表ブログ

不老不死

皆さん、こんにちは。

前回、「死にカタログ」と言う本を紹介する中で以下のような感想を述べました。

「「死」というものを、付き合うものではなく、忌み嫌ってやっつけるものだと信じて、平均寿命をここまで伸ばすことに成功した現代社会ですが、伸ばすことはできても、死をなくすことはできないわけで、結局はその分、死に対する恐怖を増幅してしまうことになってしまったのかもしれません。この現代社会における死の受け入れに対するデザインはまだまだ改良の余地が満載のようです。」

現代社会における死の受け入れに対するデザインについて死をかつてのように一人ひとりが「次は自分の番だ」と認識する方法でこの恐怖から逃れる方法を提示していたわけですが、どうやら現代社会にはその方向性とは真逆な動きがあるようです。

大分前にNHKで放送されたモーガン・フリーマンの未知の世界へいざなう知的エンターテインメント番組「時空を超えて」にて、「不老不死」がテーマに取り上げられたのを見ました。

バイオロボットの開発や、人体の冷凍保存、脳のデジタルコピー、はたまた量子コンピュータを使った人工生命体のシミュレーションまで、最先端の科学の研究者たちが実現に向けてさまざまなアプローチで迫り、不老不死を現実的にかなえようとする動きを特集していました。

せっかく、前回の記事で「受け入れる」「足るを知る」という方法で、その恐怖を減らしていくことを是としたのに、どうやら現代社会にはその方向性とは真逆なデザインを模索している人たちがいるようです。

私のその番組の視聴後の感想は、「お疲れ様です」でした。(笑)

そんなに、皆さん長生きしたいのでしょうか?もちろん、平均寿命と比較してあまりにも早い死にはなんとしてもあがないたいと言う気持ちは当然です。しかし、春夏秋冬のごとく、平均寿命の中でその人間がやるべきことをやって、死を迎えることはそれ自体が幸せなことではないかと思うのです。

そして、人類はその遺伝子を次の世代につなげていきます。もちろん、すべての人間が自分自身の遺伝子をつなぐべきだとは言いません。それぞれの事情で、残すことのできない人や自分自身の子孫を残さないことを選択した人は、社会の中で自分のなすべきことを行うことで、この社会事態の発展を次の世代につなげる貢献をしているわけですから。

ですから、このつなぐという仕事を、人類の世代間の連携作業で行っていくことが、人類としての「不老不死」を実現することであって、これをひとりの人間の単位で実現しようとすることはあまりに欲張りすぎることだと思うのです。

第一、先ほど述べたように一人ひとりの人間の単位では、平均寿命という枠の中で春夏秋冬のごとく人生を全うしようと言う目標ができるわけで、この枠を取っ払ってしまった先には何を目的にしていいかと言う途方もない大きな課題が突きつけられるはずです。

やはり、人間は持続可能な生態系全体の一部に過ぎないと言う謙虚さを持つべきであって、それこそが幸せに生きる唯一の道だと思います。

 

 

 

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