
マルチコンピタンス(複合的能力)とは
2025年8月6日 CATEGORY - 日本人と英語

書籍紹介ブログでご紹介した「使うための英語#352」からテーマをいただいて書いていますが、第二回目のテーマは「マルチコンピタンス」という概念です。
英語が世界共通語としての地位を獲得しているこのグローバル社会において英語を外国語としてしか使えない日本人がアメリカ人には絶対にかなわないのかという議論があります。
実はこの「マルチコンピタンス」に近い概念を、私の著書「富士山メソッド」の中で「日本語というマイナー言語を母国語を持つ日本人は損か」というコラムで取り上げています。
以下、その中心部分を要約引用します。
「日本人の母国語が仮に英語だったら、日本人はもっと得だったと言えるでしょうか。いいえ、私はそうは思いません。欧米文化を背景とする英語の汎用性の便利さにどっぷりと浸かることに心地よさを感じるだけで終わるよりも、日本文化を背景とする日本語の特異性のメリットを発揮することの重要性も理解すべきだと思うのです。(中略)日本文化というマイナー性を英語というツールを活用して世界に発信することで、グローバルスタンダードのもとで発展し続ける世界に『きらっ』と光る刺激を与えられ、よりよい発展に貢献できるマイナー国民となることができるのではないかと思います。ですから、私はマイナー文化圏の日本人は損ではないと主張したいと思います。」
それでは、本書の中で取り上げられていたこの「マルチコンピタンス(複合的能力)」という概念について詳細に見てみたいと思います。
以下、要約引用します。
「1990年ごろから、多言語を使う人々の複合的な言語能力についての考えに変革が生まれた。この新しい言語観はアメリカの言語学者クックによって提唱され、マルチコンピタンス(複合的な能力)と名付けられた。この概念は、その後の言語学に起きる多言語的な視点へのパラダイムシフトの幕開けとなった。
従来の言語学の常識は以下のようなものだった。
①各言語は独立したシステムとして機能する
➁各個人にはそれぞれ一つの母語がある。
③追加で学ぶ言語は、母語とは独立した別の言語のシステムとして習得されるべきで、混合すべきではない
④追加で学ぶ言語はネイティブレベルに達しないと言語システムとして不完全である
この旧来の考えに立脚すれば、例えば日本在住20年の日本語とイタリア語のバイリンガルのAさんは、母語として完璧なイタリア語と欠陥の多い日本語の二つの独立した言語システムを持っていて、この二つの言語を混ぜて使うのは言語的に邪道と考え、あくまでも日本語だけを見れば、Aさんは欠陥だらけの日本語を話すので失敗した言語学習者とみられる可能性があった。
クックはこの考えに異議を唱えた。彼によれば、Aさんは成功したマルチリンガルであり、その語学力はイタリア語と日本語が混在し相互に影響し合っている。Aさんの日本語は欠陥だらけなのではなく、イタリア語と結びついたAさんならではの豊かな日本語である。マルチリンガルとは、母語しか使わないモノリンガルと根本的に違い、独自の豊かな言語力を持つとクックは主張した。」
このことを強く意識した経験が私にはあります。
それは、お笑いコンビ「パックンマックン」のパックンの言語能力を間近に見た経験です。
このビデオの22:42あたりからのパックンの
「外国語を学ぶのは、生活のためだけではなく、自分の脳内を変えるためでもあるのだと思うんです。外国語を学ぶと、もともと持っている母国語の脳の部分とは違うところを違う風に使っているからものすごい成長につながると思うんです。」
という主張はまさにこの「複合能力」に関する指摘だと思われます。
そして何よりも、日本語のネイティブではないことが明らかなパックンによる日本語を使ってのコミュニケーションは明らかに母語しか使わないモノリンガルのものとは根本的に違う「複合能力」を前提とした「独自の豊かな言語力」そのものだと言えます。
この議論がすべて日本語で行われたのにもかかわらず、参加者の日本語の中で最も説得力が高かったのがパックンの日本語だったということが何よりもその証拠です。









