
室町時代の日本語の発音について
2025年6月15日 CATEGORY - 代表ブログ
皆さん、こんにちは。
「日本語の発音はどう変わってきたか」の中で解説されている各時代ごとの日本語の特徴について見ていくシリーズの第四回目は「室町時代」です。
中世後期である室町時代の日本語の発音に関しては、ヨーロッパから来日した西洋人、特にポルトガル人宣教師たちがローマ字による日本語に関する記述を多数残してくれており、それらが特に優れた資料として機能してきました。
というのも、仮名や漢字は音節を表示してこれ以上細かく分割できない最小の文字であるのに対して、ローマ字は音節をさらに子音と母音に分割して、仮名や漢字が表示できない細かい音要素まで推定できるという大きな利点があるからです。
平安時代にはすでにハ行の発音が「ファ・フィ・フ・フェ・フォ」というように両唇の動きが少し退化して子音が「f」に推移していていたと推定できると「平安時代の発音」の記事で確認済みですが、実際にポルトガル語で書かれた「日葡辞書」では確かに、「Faqe=刷毛(はけ)」「Ficari=光(ひかり)」「Fude=筆(ふで)」「Febi=蛇(ヘビ)」「Foca=外(ほか)」等のように「f」で表記されていることから、非常に明示的な証拠として機能しています。
具体的に、羽柴秀吉の発音は「ファシバフィデヨシ」だったということがはっきりするのです。
それでは、室町時代に起こった二つの発音の変化を見ていきます。
一つ目は「四つ仮名混同」です。
鎌倉時代以前の仮名の用法では、「藤」は「ふぢ」、「富士」は「ふじ」で区別されていました。これは、その発音が「藤=fudi」/「藤=fuzi」というように違っていたからです。同じように、「屑=kudu」/「葛=kuzu」もそうです。
これらの区別は「じ(zi)・ず(zu)(ザ行仮名)」と「ぢ(di)・づ(du)(ダ行仮名)」の発音が区別されている間は問題にならなかったのですが、「じ」「ぢ」の音が「dzi」の音として合流し、「ず」「づ」の音が「dzu」の音として合流してから、仮名遣いの問題として現れたものです。
ただ、この問題は一気に起こったわけではなく、室町時代になってタ行「ち・つ」の子音変化が起こったことが先駆けです。
これは今でも実感することができるのですが、タ行の「ち・つ」には同じタ行の「た・て・と」と口の開きに違いがあり、明らかに口の開きが狭い母音にtの音が接続しています。
これは、口に蓋をするという意味で「口蓋化」と言われる変化です。なお、これと同じことがサ行の「し」でも起こっています。
だから、「ta ti tu te to」ではなく「ta tsi tsu te to」、「sa si su se so」ではなく「sa shi su se so」と私たちはローマ字表記するのです。(逆に言えば、平安時代までは「ta ti tu te to」と「sa si su se so」と発音していたということ)
その後、「チ・ツ」のこの変化が、その濁音「ヂ・ヅ」をも巻き込んで同じように変化した結果、「ぢ・づ」がザ行「じ(zi)・ず(zu)」に接近していきました。
ただ、完全に合流する前に、接近しながらもこれら二つを隔てる壁として「ぢ・づ」は(弱)鼻音/「じ・ず」は非鼻音という違いが存在するところでとどまっていました(鼻音とは口腔を閉じ、息を鼻に通して出す、鼻にかかった声のこと)。
最終的にこの壁が解消(「ぢ・づ」の鼻音が消滅)し、「じ・ず」に合流したのは17世紀の終わりです(ですから正しくはこれは江戸の発音変化というべきかもしれません)。
この「じぢずづ」を江戸時代の謡曲の教本の中で「四つ仮名」と説明されたことからそう呼ばれるようになったそうです。
このことは、「聞こえるはずが聞こえない発音」の記事の中で説明した私が主宰する「英文法講座」の発音の講義の中で取り上げている「ʒとʤの発音の違いが分からない問題」の解決に直結するものです。
そして蛇足ではありますが、その講座の中で私は英語におけるʒとʤの違いが分からないながらも微かに感じられるものとしては「ʤの方がちょっと湿り気のあるような音のような気がする」と説明しているのですが、この「湿り気」こそが「鼻音」のことだったのだと確認し、今すごく興奮しています!(笑)
そして二つ目は「オ段長音の開合」です。
「オ段長音」とは、古代語の母音の連続「au(開音)」「eu(合音)」が長音である「オー」に変化するというものです。
これがなぜ「あふさか」を「オーサカ(開音)」、「てふてふ」を「チョーチョー(合音)」、「けふ」を「キョ―(合音)」と読ませていたのかという疑問の答えです。
ただし、「au(開音)」に由来する「オー」と「eu(合音)」に由来する「オー」が中世の一時期までは区別されていて、これを「オ段長音の開合の別」と言います。
具体的な開・合の違いとは、「au(開音)」に由来する「オー」は母音「o」を重ねて「oo」のように(口を開いて)発音するのに対して、「eu(合音)」に由来する「オー」は唇をすぼめて発音するというものでした。
しかし、17世紀の江戸時代にこの区別が解消し、どちらも現代語のように「all(オール)」「call(コール)」のような欧米外来語の長音と合わせて「o:」に統一されています。
ここまで日本語の発音の変化のプロセスを見てくると、私の中での現代日本語の発音の輪郭がだんだんと明確になってきたような気がします。
次回はいよいよ最終回で「近代以降」の日本語の発音を見ることにします。