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日本人学校離れ

2019年7月22日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。

先日(2019年7月21日)の日経電子版に「日本人学校」に関する記事がありました。

実は、この日本人学校、今岐路に立たされているようです。

以下に記事を要約します。

「日本企業の海外進出に不可欠なインフラとして整備されてきた日本人学校が最初バンコク校開設から約60年を経て岐路を迎えている。海外で暮らす日本人とその子供たちは増加の一途をたどるが、現地校などを選ぶ家庭が増え日本人学校の在籍者数は2015年から減少に転じたのだ。最大の特徴は日本の学習指導要領に基づき、国内と同等の教育を施すことにある。設立・運営主体は進出企業や在留邦人で組織する日本人会などで、政府は教科書支給、教員派遣、家賃や警備費用の補助などで支援している。外務省によると、日本企業の海外展開拡大によって海外在留邦人数(永住者除く)は1991年の41万人から2017年には約87万人へと倍増した。これに伴い、海外で暮らす義務教育年齢の子供たちの数も約5万人から8万人を超えた。しかしながら、明治大学の佐藤郡衛特任教授(異文化間教育)は、日本人学校離れが進む背景に保護者や子供たちのニーズの多様化によって日本人学校がニーズに合わなくなってきていると語る。日本政府は「グローバル人材」の育成を掲げ、国内でも論理的思考力や表現力を養う大学入学資格、国際バカロレアの導入が進む。駐在期間の長期化や海外拠点間の人事異動も一般的となり、「子供には英語や現地語で学ばせた方がメリットが大きいと考える親が増えている」という。一方で、アジアを中心に国際結婚家庭の子供たちの入学が増えているが、学習指導要領に基づく国語の授業だけでは十分に支援できない。派遣教員が3年程度で交代するためバイリンガル教育のノウハウの蓄積も課題だ。そもそも、生徒数が2千人を超えるバンコクから30人を割り込む南米まで抱える課題は多種多様だ。小規模校では生徒数のわずかな減少で運営予算が赤字に陥るなどボランティアで運営に携わる保護者の負担が過大だとの指摘もある。それでも各地の日本人社会にとって日本人学校が学びや交流の場として果たす重要性は今後も変わらない。制度疲労を克服し、いかに魅力を高めていくのかが課題となる。」

と、このように日本人学校の成立から現状までの流れと課題が一通り分かるいい記事になっています。

以前に、日本において日本国内において日本の教育を否定し、「英語」で我が子を教育しようとする親御さんの存在を取り上げたブログ記事を書きました。

この記事の中で私は、以下のようにこの問題の本質は「覚悟」の問題だと述べました。

「(今後のグローバル社会の進展を念頭に入れれば、英語教育の必要性は高まるばかりであることは議論の余地はありませんが、)論理的思考が完成していない幼児期に英語教育を施して意味のある結果を出そうとするのであれば、それこそ生活のほぼすべてを英語によって賄うくらいの文字通り「徹底的に」行うことが重要となることは明らかです。このことから、特に日本国内における幼児に対する英語教育というのは、その人間の将来が定まっていない幼児期に「母国語」をとるか「英語」をとるのかの選択をせざるを得ないまさに厳しい覚悟の問題であるということを理解する必要があるものなのです。」

その理解の上で考えれば、この日本人学校の問題は、極論すれば、環境的にはかなり自然な形で「英語(他の言語の可能性もありますが)」をとることを可能とする中で、「母国語」をとるか「英語」をとるのかの選択をすることができる中での、「母国語(日本語)」の価値の選択問題だと言えるのではないかと思います。

そして、その日本語の価値を認める日本人海外駐在者がずっと増加傾向にあったものが、2015年から減少に転じたということなのだと思います。

上記のように、日本国内では、母国語の重要性から、英語教育の低年齢での開始には絶対反対の立場をとる私ですが、仮に自分自身がこのような環境にあるのであれば、家庭での日本語教育の充実への努力は前提にはなりますが、私も日本人学校ではなく現地校を選択したいと考えます。

ただし、これはこの環境下における二者択一の問題であって、日本人学校の存在意義をそのまま否定するものではありません。

ですから、記事の中にあった次の指摘には大いに期待したいと思っています。

「それでも各地の日本人社会にとって日本人学校が学びや交流の場として果たす重要性は今後も変わらない。制度疲労を克服し、いかに魅力を高めていくのか。言語、文化など地域ごとの特徴を生かし、それぞれの学校の処方箋を書くべき時代に入っている。」