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香港と広東語と普通語と

2018年8月20日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。

先日(2018年8月13日)の日経電子版に香港におけるオリジナル言語である広東語が中国政府の進める普通語(中国標準語)化政策によってその勢力を弱められているという以下のような記事が載っていました。

「香港政府の2016年の調査によると、普通話を話せる香港人の割合は49%と、返還前の1996年に比べてほぼ倍増した。11年の調査では一時的に普通話を話せる人が英語を話せる人を上回った。中国本土と香港が経済的な結びつきを強め、ビジネスで普通話を使う場面が増えているためだ。香港政府の政策も見逃せない。2000年に国語教育で普通話を使うよう促す方針を決め、08年からは普通話教育を採用した学校に特別な補助金を配り始めた。露骨な普及策は中央政府の意向をくんだものと見られている。いまや香港の小学校の7割が普通話教育を取り入れている。言語学を専門とする香港中文大学の劉択明氏(33)は『教育の影響は大きく、広東語の単語を正確に発音ができない子がいる。語彙が足りず広東語では込み入った話ができなくなる恐れがある』と話す。」

この問題は、非常に複雑な問題です。

香港は、1839年から1842年のアヘン戦争に清国が敗れた結果、香港島が最初にイギリスに永久割譲され、1860年に九龍半島が割譲、1898年には新界が99年間の期限で租借されイギリスの植民地として1997年まで機能してきました。

1997年7月1日、中国に返還され、中華人民共和国香港特別行政区として現在に至っています。

この歴史を形式的に受け取ると、香港が99年の時を経て本来所属すべきところに戻り、言葉もその本来所属すべきところとの経済的なつながりを強固にするため、このような政策をとることは責められるようなものではないという意見もありましょう。

しかし、アヘン戦争の結果敗れたのは清国であり、現在の中華人民共和国とは別の国家です。

しかも、香港の広東語話者の多くは、共産党が中華人民共和国を成立させた後、共産党を嫌い、イギリスの植民地である香港を選択して広東省から逃れてきた人たちです。

そんな背景の下、返還にあたっては、50年にわたり国際関係及び軍事防御以外の全ての事柄において高度な自治権を有することを規定する行政府基本法によって成立する一国二制度を保ってきている「はず」が、この記事にあるように、言語政策や本来認められるべき集会の自由や結社の自由における中華人民共和国政府による締め付けがきつくなっている事実があります。

このことを考えれば考えるほど、歴史はそれがあまりに複雑な経緯をたどった場合、その評価というものを明確に定めることすら難しくなるものだと思わざるを得ません。