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コトバの力

2025年10月31日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。

昨日(2025年10月30日)の読売新聞の夕刊の「よみうり寸評」にまたまた興味深い記事がありましたのでご紹介します。

それは「言葉の力」に関する考察についてです。

重要部分を引用します。

「『あなたが何を考えているのか知りたい』。谷川俊太郎さんは若いころある編集者にそう言われ、ひとまとまりの文章を書くように求められた。ためらいを感じたという。曰く、農民なら日々の農作業の中で『発語の根』が張り、その言葉はわずかでも重い。対して農民でも労働者でもない自分は『発語の根』が欠けているからだ、と。心と体の深みから生まれる言葉の力を体感する詩人の畏れなのだろう。谷川さんの『コトバの力』から一節を引く。<ごまかさず言訳もせず他を責めず/真正面から届くコトバ/そんなコトバこそ本当のコトバ>」

これを読んだとき、芥川賞受賞者の田中慎弥氏の「孤独に生きよ」の記事の中で取り上げた、

「文学作品とはピンポイントで何かを示すのではない代わりに、世の中の広範な領域に神経をめぐらせています。様々な物事を、複眼的にとらえるコツのようなものをもたらしてくれるのですから、侮れません。文学に限らず、孤独な時間の中で得た思考は、あなたの可能性を広げる。それはあなたの人生の手ごたえとして還元されるはずです。」

という一節を思い出しました。

田中氏のこの言葉は、本記事が言及する「コトバの力」と同じことを意味しているのではないかと強く感じました。

つまりそれは、日々体を使う農民や労働者だけが「発語の根」を張らせることができるわけでなく、日々心を使って孤独と闘いながら言葉を紡ぐ詩人や作家だって同じように「発語の根」を張らすことができ、なおかつ彼らはそれをコトバのプロとして花咲かせることができることを意味しているはずだと。

ただそれは、彼らがその孤独の時間の中で、ごまかさず、言訳もせず、他を責めず、真正面から届く<本当の言葉>を紡ぎだすことに成功した時にだけなのかもしれません。

記事の本題は安倍元首相を死に至らしめた被告のコトバでしたが、彼が文字通り孤独の中で「発語の根」を張らすことができるのか、関心をもって見守りたいと思います。

 

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