
何だこの違和感は?
2025年11月23日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。
このところ読売新聞朝刊の「編集手帳」の記事は結構いい感じのものが続いていましたが、本日(2025年11月23日)の記事は非常に違和感のあるものだと感じてしまいました。
以下に記事を要約引用します。
「大学の入学金である。本命校の受験に先立ち、別の大学に入学金を納めて進学先を確保する受験生は少なくない。これまでは入学を辞めても戻ってこないお金とされてきたが、辞退者に返金する大学が出始めた。世知辛い世にあって、ホッとする報に接した気持ちになる。文部科学省が辞退者の負担軽減策を講じるよう全国の私立大に求めていた。新潟工科大は入学金20万円のほぼ全額を、大阪の桃山学院大は23万円の8割を返還する。司法判断は入学金を返す必要はないとしてきた。返金の潮流が確かなものになるかは分からない。入学金には受験生が安心を買うような意味合いもある。分割払いとするか、旅行のようにキャンセル時期に応じて返金率を変えるか。各大学は受験生と折り合える道を探ってほしい。時を15年後に進めると、18歳人口は今の100万人から三割減る。大学間の競争が極まれば入学金はどうなるだろう。入学してくれた人は免除する、みたいな未来が待っていないともかぎらない。」
この問題は、2006年の最高裁判決で、「入学金は入学を許可されたことの対価であり、大学に返還義務はない」との判決が下された一方で、 2025年6月に文部科学省が全国の私立大学に「入学金の負担軽減」を求める通知を出したという、司法と行政の方向性の違う判断によってより混乱する方向に向かっているように思えます。
私の受験時代にもこの「入学金放棄問題」はあったわけですが、当時はそれはいわゆる「手付金」のようなものとして安心材料として社会全体が当たり前のものと捉えていたと思います。
というのも、高校の同級生と同じ国立大学の前期日程を受験して、合格発表を二人で見に行ったのですが、結果はどちらも不合格でした。
しかし、友人は(国立が落ちたら入学してもいいと考えている)私大にすでに合格していたため、すぐさまその場で私大の入学金の納入手続きを親にお願いし、一方そのような私大への合格をしていなかった私は、ただそこに立ち尽くすことしかできず、保険なしで後期日程に望みをかけるしかなかったことを今でも鮮明に覚えています。
ですから、大前提としてこの「入学金」の手付機能が「受験生」の側にもメリットはあるからこそ、「入学金放棄問題」は今まで続いてきたものだと私は捉えています。
それなのに、その後の結果次第でその納入した入学金が返金されるというのは、私としてはかなりの違和感がありました。
では、どうするのが公平・公正なのでしょう?
それは、このお金に関して大学側が筋を通した建付けに変える形で、大学の財政的メリットと受験生の安心メリットを両立させる制度として確立することではないでしょうか。
つまり、あくまでも「入学金」は入学するために必要なものであるから、入学が確定したときに払うべきものとする。
そして、手付機能は、例えば「入学権利金」という形で必要と考える受験生のために堂々と販売する(あくまでも入学権利であるわけですから、入学金と比べて大幅に安価にすべきかもしれませんがその分購入者は今よりも大幅に増えるのでは?)。
このようにすれば、私が感じた違和感を排除しつつ、大学側・受験生側の両方のニーズを公平・公正に満たすことができるのではないかと思うのですがいかがでしょうか。









