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なめとこ山の熊

2025年12月13日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。

昨日(2025年12月12日)、毎年恒例となった京都 清水寺の森清範貫主によって揮毫される「今年の漢字」が発表されました。

今年は「熊」でした。

まあ、今年ほど予想が簡単だった(熊でなかったら米かと)年もないかなと思ったわけですが、私も今年の「熊禍」については否が応でも関心を持たざるを得ず、何か熊に関して一冊くらいは読んでおきたいと思ってNEWSPICKSの「取材ノート」において紹介されていた宮沢賢治の「なめとこ山の熊」という本を購入してあったので、これは機会だと思って読んでみました。

物語は、なめとこ山に住む熊を殺して毛皮や薬としての肝をとる事を生業とする小十郎と熊との関係を中心に進んでいきます。

当然ですが、小十郎は仕事として熊を殺します。

ですが、決して熊が憎くて殺すのではなく、殺しながらも自らが食べるために罪を犯さなければ生きていけない因果を自覚しながら、熊に対して「この次には熊なんぞに生まれなよ。」と声をかけます。

そして、小十郎はその熊の毛皮や肝を商人に売りに行くのですが、商人に足元を見られ買いたたかれます。

それでも生きていくために、命がけで手に入れた毛皮や肝をほんのわずかなお金に変えるのです。

ある日、銃を構えた小十郎の前で別の熊が「おまえは何がほしくておれを殺すんだ?」小十郎に尋ねます。

すると、小十郎は次のように答えます。

「ああ、おれはお前の毛皮と、肝のほかにはなんにもいらない。それも町へ持って行ってひどく高く売れるというのではなし、本当に気の毒だけれどもやっぱり仕方ない。けれどもお前に今ごろそんなことを言われると、もうおれなどは何か栗かしだのみでも食っていて、それで死ぬならおれも死んでもいいような気がするよ。」

それに対して熊はこう返します。

「もう二年ばかり待ってくれ、おれも死ぬのはかまわないようなもんだけれども、少し残した仕事もあるし、ただ二年だけ待ってくれ。二年目にはおれも、おまえの家の前でちゃんと死んでいてやるから。毛皮も肝もやってしまうから。」

それからちょうど二年目の朝、外へ出たらあの熊が約束通り倒れていたのです。

そして、またある日、今度はまた別の熊と鉢合わせした小十郎は、熊に頭をガーンとやられます。

その時、熊は「おお小十郎、お前を殺すつもりはなかった。」と言い、ちらちら青い星のような光がそこら中に見えた小十郎は「これが死んだしるしだ。死ぬとき見る火だ。熊ども、ゆるせよ。」と言ったのです。

この話の流れは、なかなか私たち現代人にはピンとこないというのが正直なところでしょう。

それを何とか解釈しようと思えば、次のようなものにならないでしょうか?

この宮沢賢治の時代にも多少の資本主義の原形のようなものは見え始めていて、田畑を持てない山の猟師は、資本を持つ商人に買いたたかれながらも生きるためにその命がけでとった熊の命をお金に換え、生き抜こうとしていました。

ただそれでも、小十郎に代表される当時の人間はまだ、むやみやたらに熊の生態系を破壊するほどの脅威ではなかった。だから、人間も熊もそこでぎりぎりの均衡を保つことが可能だったと。

しかし、現代はどうでしょう。

人間は、もともと熊の食糧であるどんぐりがたくさんなるような自然林を木材の供給源にするためにスギなどの針葉樹の人工林に変え、熊の生息地を山奥に追いやりました。

それでも、その人工林をきちんと管理できている限りは熊と人間の生活の場がきっちり分けられていました。

しかし、安い外国材を輸入するようになってからは、資本主義の原理としてその人工林を管理する経済合理性は失われ、結果荒れ放題で、熊と人間の生活の場があいまいとなってしまいました。

そんな中で昨今のように特に山奥のどんぐりの生育が何らかの原因で不作になり、彼らがやむを得ず人間の生活の場に入り込まずを得なくなってしまえば、熊と人間の接点は日常化され、もはや物語の中の小十郎と熊のようにお互いを理解し合える(ぎりぎりの均衡を保つ)ような関係を作ることなど不可能となりました。

これが、かつての人間と熊との関係と大きく異なる現在の「熊禍」の本質なのではないでしょうか。

初めて「注文の多い料理店」を読んだ小学生のときと同じか、それ以上の衝撃をうけるとともに、図らずもこのような理解をするに至りました。

 

 

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