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共喰い

2025年10月30日 CATEGORY - 代表ブログ

皆さん、こんにちは。

小説嫌いの私がそのアレルギーを少しでも乗り越えようと、いままで何度か様々なアプローチで小説を読み通すことにチャレンジしてきました。

そしてそれらにチャレンジするごとに少しずつですが、小説を読むことによる効用を実感してきたことも事実です。

ですので、少しでもそのチャンスを手にするきっかけを得たのであればその場で購入することを心がけておりまして、田中慎弥氏の「孤独に生きよ」というエッセイを読んだことをそのモチベーションに、彼の芥川賞受賞作である「共喰い」をアマゾンでポチったことを「小説を読む効用」の記事の中で告白していました。

それから一か月の時間が経過してしまいましたが、ようやく読了できましたので感想を書かせていただきます。

まず、「孤独に生きよ」の記事の中で指摘したように著者は石原慎太郎氏に対する意識が非常に強いことに注目せざるを得ませんでした。

というのも石原氏は1955年に第34回芥川賞を「太陽の季節」で受賞、著者は2012年に146回芥川賞を本作で受賞をされており、その両方がかなり性的な描写が生々しく描かれているということでも共通しています。

そもそも芥川賞は純文学の新人作家を対象とする賞であるため、「人間の内面や社会のタブー」や「倫理的な葛藤」などをモチーフにすることが多いためそれらのメインテーマの一つである「性」を描くことは何も驚くべきことではないのかもしれません。

しかし、芥川賞受賞作をしっかりと読むことなど今までほとんどなかった私はその点でかなり衝撃を受けたというのが最大の感想です。

もう一つ指摘したいのは、前述の「小説を読む効用」の記事にて、著者の

「文学作品とはピンポイントで何かを示すのではない代わりに、世の中の広範な領域に神経をめぐらせています。様々な物事を、複眼的にとらえるコツのようなものをもたらしてくれるのですから、侮れません。文学に限らず、孤独な時間の中で得た思考は、あなたの可能性を広げる。それはあなたの人生の手ごたえとして還元されるはずです。」

という一節をご紹介したのですが、その実例とでもいうような「ピンポイントで何かを示すのではない」表現を非常に多く見つけることができたことです。

以下にその一部をいくつか引用します。

「川の中にあるあらゆるものは、満ちてくる海とまじりあい、引き潮に運ばれずに残ったものだけが川を形作り、またやってくる海を待っている。」

「日本語や英語ではなく、たすぃかではないが多分中国や朝鮮の言葉とも違う話し声が聞こえてきた。どんな材質や形なのか見当がつかない楽器の音色にも思える、平板で甘くて温みのある声だった。」

これらの海という無生物を「主語」にしたり、声という形のないものに「材質」や「形」などの表現を当てるなど、私には到底できないことであり、著者の「孤独な時間の中で得た思考」によって「人生の手ごたえとして還元された」経験から絞り出された表現なんだとしみじみ感じました。

こういうことを自らの人生の実体験からではなく感じ取ることができるというのが「小説を読む効用」だということが初めて実感できた読書体験でした。

 

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