日本人と英語

まず文法が絶対必要な理由

2017年12月8日 CATEGORY - 日本人と英語

 

◆急激に文法を捨て始めた学校英語教育

現在、学校教育、特に公立学校教育は急激な勢いで文法を軽視・オーラルコミュニケーション重視の方向にシフトしています。

この動きは、「従来の日本の英語教育が文法偏重でやってきたから英語を使えるようにならなかった」という反省によるものです。

もっと小さいうちからネイティブの英語に触れ、文法にこだわらない会話中心の教育に変えることで、世界に通用する英語教育を確立することができるというのが、それを推進した人たちの目論見でした。

この動きが始まったのは、2004年文部科学省より「英語が使える日本人の育成のための行動計画」が策定された時からです。

それから10年以上経過し、その結果はどうなったのでしょうか。

 

◆衝撃的なニュース

2016年2月3日の読売新聞の朝刊1面にその結果に関する「衝撃のニュース」が載りました。その概要は以下のようなものです。

「調査は全国の国公立の中学3年生6万人と高校3年生9万人を対象に実施され、中3では当初の目標の『英検3級程度以上』の生徒の割合が最も高い『書く』でも43.6%、『読む』は26.1%、『聞く』は20.2%にとどまり、いずれも目標を下回った。高3では、目標の『英検準二級~二級』の生徒の割合が『読む』は32%、『聞く』が26.5%、『書く』が17.9%、『話す』が11%となった。」

 

 

「衝撃的」だったのは、文法中心からオーラル中心に変更された教育を中学1年生の時から受けてきた高校3年生の『話す』分野の達成率が11%でしかなかったと言う点です。

学校英語教育が、文法教育を犠牲にしてオーラルコミュニケーション教育を進めたはずなのに、まさに目的そのものである『話す』分野の成果が11%とは、目も当てられない結果と言わざるを得ません。

ですが、この結果は英語教育について真剣に考えている者からすれば、初めから分かっていたものです。

そもそも文法にこだわらない「挨拶+α」の限定的なコミュニケーションにいくら触れたとしても、それでは応用が効かず、込み入った話は一切お手上げとなってしまうのは当たり前です。

当たり前のことではありますが、皮肉にも、文法軽視、会話重視の教育を行ったものが、逆に目的そのものである「話す」分野が全ての項目のうちで最も低い結果となってしまったことが数字として明らかになってしまった事実は大変衝撃的でした。

 

◆多くの日本人がしている誤解

このことは、日本人の多くが思い込んでいる「従来の日本の英語教育が文法偏重教育をやってきたから英語を使えるようにならなかった」という仮説を完全に否定するものです。

それならば、なぜ従来の文法重視の教育を受けていた日本人が英語を使えるようにならなかったのか。

それは、彼らが「文法を学んだ」からではなく、「文法  “しか”  学ばなかった」からです。

文法は、英語を話すためのルールですから、それを学ぶことは絶対に必要なことです。特に、日本語と英語のように言語的距離が非常に離れた関連性の低い言語の間で習得する場合にはなおさらです。

しかし、スポーツで考えれば明らかですが、ルールを学んだだけで、その後実際にその競技をプレーしなければ、最終的にその競技ができるようになることは絶対にありません。

また逆に、きちんとしたルールを学ばずに、ただ遊び半分でプレーをしているだけでは、上達は望めないことも明白です。

このように考えれば、「英語が使える日本人」を育成するためには、文法をしっかり学んだ上で、それを活用して複雑なコミュニケーションのトレーニングを積む必要があるということが理解できるはずです。

ランゲッジ・ヴィレッジは、まさにこのことを、英語習得のための「方程式」としてとらえ、そのあるべき順序を守って適切な講座を提供していきます。