日本人と英語

アメリカ人と日本人の発言の目的

2019年2月13日 CATEGORY - 日本人と英語

書籍紹介ブログにてご紹介した「出世する人の英語」から、いくつかテーマをいただいて書いていきたいと思いますが、第一回のテーマは「アメリカ人と日本人の発言の目的」です。

著者は、アメリカ人が発言する目的について、それはずばり議論に「貢献すること」であり、この「貢献」のための教育を彼らは小さなころから受けているのだと言います。

それが、「ディベート」です。

このディベートをトレーニングとして行う上でのポイントは、自分の意見を言うのではなく、賛成あるいは反対という「予め決められた立場」で、その立場を補強するように発言することです。

つまり、自分の意見から離れて、それぞれ設定された立場を盤石にするためのアイデアを必死になって探してそれを提供することということになります。

それを両方の立場でやりあうわけですから、その議論は当たり前のように、レベルの高いものとなります。

そして、その結果出される結論というのは、もともと持っている「自分の意見」を戦わせるだけの議論から出される結果と比べ、よいものになることは間違いないわけですし、自分の意見とは離れて行うため、その結果がどうであれ、変に勝ち負けにこだわって禍根を残すようなことはありません。。

また、このような発言=貢献という考え方からすると、何も発言しないことは、最も価値のないことと捉えられることになるのは自然なことです。

一方で、日本人の発言の目的は何なのでしょうか。

それは、「自分の意見を通すこと」ではないかと思います。

そのような前提で一旦発言してしまうと、相手から別の意見が発せられることは、その目的である「自分の意見を通すこと」に対する攻撃だととられることになります。

ですから、よほどの主張がない人は「発言しない」という判断をしますし、それでもあえて「発言する」場合には、攻撃だととらえられても構わないと言う前提で行うため、その議論は、議論にならないかもしくは議論ではなく「争い」に発展する可能性が出てくるわけです。

だからこそ、日本人は実際に議論をする前に「根回し」という独特のコミュニケーション手法を発達させることになったと考えられます。

この点の違いが、私たち日本人がなかなか理屈では分かっても感情では受け入れられない原因ではないかと思います。