
英語が「完璧」という状態
2016年5月22日 CATEGORY - 日本人と英語
前回、「なんでも英語で言えちゃう本」という本の中から「言い換える力」という考えをご紹介してその重要性について考えてみました。今回は、その考えに関連して、「英語が『完璧』という状態」について考えてみたいと思います。
前回取り上げた「言葉の一語一義教育」の弊害とともにあげられる日本人の英語の悪い点として「完璧主義」があります。
ちなみに、日本全国の中学や高校の先生に「あなたは英語が完璧ですか?」という質問、いやそこまででなくても「あなたは英語が問題なく話せますか?」という質問をして、自信をもって「はい」と答えられる人は何%でしょうか。
おそらく、日本以外、特にヨーロッパの非英語圏の国で同じことを聞けば、少なくても80%を超える人が「はい」と自信をもって答えると思いますが、日本ではおそらく全く逆の20%を下回るのではないかと思います。
外国人からすれば、自分の生活の糧である「英語」に自信を持てなくて、どうしてそれを仕事にすることができるのか?と疑問を持たれるでしょうが、これは事実に近いことだと思います。
実はこの差は、英語の「実力」の差ではなく、「英語ができる」という概念についての「考え方」の差だと思います。つまりは、英語に関して日本人は極度な「完璧主義」にがんじがらめにされているということです。
英語の知識、特に語彙などというものは、普段使っていなければどんどん少なくなってしまうものですし、やればやるほど増えていくものでもあります。ですから、どこまで行っても、天井がないわけです。
TOEICテストを何度もうけてその度にスコアが変わってしまうのはその良い例です。このことから考えると、やればやるほど語彙は増えるわけで、どれだけやっても「完璧」な状態は来ないことになります。その為、日本人は英語の先生でも「私は完璧ではない」という自己評価になってしまうのです。
私は「言い換える力」にはこの考えをひっくり返す力があると思います。
つまり、「英語ができる」という状態の指標を語彙の量を中心とした「英語の知識量」ではなく、どんな表現方法でもいいから伝えたいことを伝えられるという自信に置き換えてしまえば、多くの日本人も自分自身に「英語が完璧」という自己評価を下すことができるようになるのではないでしょうか。
前者の指標では、「キリン」を表現するためには「giraffe」を知らなければ完全にアウトです。ですが、「giraffe」がたまたま頭の中になかったのであれば、すかさず、「a tall animal with a long neck」と言えてしまえば、後者の指標ではセーフなわけです。
そして、その効用はほとんど変わらないはずです。というかむしろ、相手から「giraffe」という言葉が自動的に引き出されることでしょう。
先ほど説明したように語彙などというものは、「普段使っていなければどんどん少なくなってしまうもの」なのですから、極端な話、「tall 」という語彙も忘れてしまったら、「a yellow animal with a long neck」と言えればこれまたセーフなのです。
この指標を自分自身の「英語ができる」という状態の指標とすることができれば、日本人が英語を使って仕事をするために必要なトレーニング方法として最短距離の方法をだれもが選択することができるようになるはずです。
それは、いかなる文章を組み立てられる文法の力(中学三年分の文法)をまず身に付けて、自分が言い換えによってどうにでもなると思うことができるレベルまでの最低限の語彙を身に付ける。そのあとは、徹底して、「言い換え」を活用しながら、自らの表現したいことを表現する訓練をすることです。
後は、「贅沢のため」に、自分が必要だと思うレベルにまで語彙を増やしていけばよい。そして、増やせば増やすほど、「便利」になるという実感を得た後は、もう好きにしてください。(笑)
これが本当に健康的で実効的な英語の身に付け方だと思います。