英語は「具体的」な言語
2021年11月23日 CATEGORY - 日本人と英語
以前にご紹介した「伝わる英語表現法」からテーマをいただいて書いていますが、第四回目のテーマは一つ間が空きましたが、第二回に引き続き「英語の性質(その2)」です。
本書であげられる英語における三つの重要な性質のうちの二つ目である
「英語は『具体的』な言語である。」
について以下、事例をもとに詳しく見ていきたいと思います。
【実験】以下の日本語を英語に訳しなさい。
この春、息子は社会人になった。
「日本語では『社会に出る』とか『社会人になる』という言い方をします。私たちは『社会』というとすぐにsocietyという英語が浮かびます。そこで『go out into society』としがちですがやはりここは、『学校を出て働き始めること』だと具体的に言ったほうがよいので、『My son started working this April.』とします。日本語の『社会』というのは大変便利に使われる言葉で『何とか社会』といった新しい言葉ができやすいのですがそのまま訳しても英語では通用しないことがあります。かつて『情報化社会』を『information society』と訳してみたものの、相手がいつも怪訝な顔をするので困ったことがあります。これは『information-oriented society』と訳すのだと後に高名な先生に教えていただきました。『information』と『society』は両方とも抽象的な言葉なのでそれがどうつながるか説明がなければ理解できないのです。」
日本語で「社会人になる」という文を作っても聞いても何の違和感も感じられないけれど、それを「英語に訳す」というハードルを与えられて初めて、「うっ」とその違和感時気づくことになります。
この時はじめて「社会人になる」という抽象的なイメージから「働く」という具体的なイメージを引き出す必要性に迫られる、すなわち「具体的に考える」になるのだと思います。
また、日本語は「情報」と「社会」というある程度抽象的な言葉も、「情報社会」というそれらをあわせた高度に抽象的な言葉もどちらも抽象的なまま受け入れることができる「抽象的」な言語である一方、英語では「information」や「society」程度の抽象度レベルでは受け入れ可能であっても、二つを合わせた高度に抽象的なレベルではもはや完全に受け入れ不可能な「具体性」を優先する言語であるという説明も非常に興味深いものでした。
ということは、もしかすると私たちは日本語を話している時、「具体的に考える」ことを放棄しているということなのかもしません。